やがて、サイドAとサイドBが絡まりあっていくにつれ、物語はぐんぐん緊張度を高め、ラストまで怒濤の展開になだれ込んでいく。このあたりの筋の運び方は、ストーリーテラーとして定評のある作者ならではのものなのだが、特筆すべきは本書が作者のデビュー作である、ということだ。もちろん、文庫化するにあたり、大幅にブラッシュアップされてはいるのだが(私は元版であるノベルス版も読んだのだが、元版をぎゅっとシェイプアップして、研ぎ澄ました仕上がりになっている)、それは文章のディテイルであって、ストーリー自体は元版のままである。つまり、先に書いた警察小説も、青春剣道小説も、その面影が本書に反映されているのではなく、本書こそがそのルーツなのだ。作家のデビュー作にはその作家の資質が凝縮されている、とは良く言われることだが、本書もまた然り。そう、本書は、言うなれば、作家・誉田哲也の原石ともいえる作品なのである。
紅鈴という、スーパーヒロインは、ちょっと見?こそ、後に作者が描き出すヒロインたちとは毛色が違うように思われるが、彼女の、タフさと同時に抱える優しさや、闇に生きる種族でありながら、どこか陽性なそのキャラクタは、誉田作品で描かれる女性たちに通底しているものだ。誰もが振り返る美貌とモデル並みのスタイル、まるで媚薬のようなと形容される甘い体臭を身にまとった紅鈴は、それだけでもとんでもなくカッコイイのだけど、それに加えて腕っ節も超人的。人ならぬ身だから当たり前といえばそれまでだが、要するに、何とも魅力的なキャラクタなのである。
カッコイイといえば、本書のアクションシーン、これがまた滅法カッコイイ。杉江松恋氏の文庫解説を読んで、はたと膝を打ったのだが、作者が創作を始めたきっかけは、「子供のころから関心があった格闘技の団体レポートを某サイト向けに書いてみたことだった」そうだ。何というか、腹に響いてくるようなずしりとした重さと、剃刀のようなキレがある。身体を蹴る音、殴る音が、まるで目の前で繰り広げられているかのように、リアルに伝わってくるのだ。
もちろん、警察小説としてのサイドAも読み応えたっぷり。謎の失血死に対して、誰よりも嗅覚を働かせる刑事(過去に類似した事件が起きた段階で、これは吸血鬼の仕業である、と確信していた)が登場するのだが、その刑事というのが、何とあの井岡なのだ。そう、「姫川玲子シリーズ」でお馴染みの、どんなに玲子に肘鉄食らわされようと、懲りずにアタックし続けるセクハラ大魔王。「玲子シリーズ」のファンなら、思わず「井岡かよっ!」と突っ込んでしまうはずだ。本書でも、例によって怪しい関西弁でのらりくらりと周囲を煙に巻いてはいるが、その実、刑事としての勘は冴えわたっている。ちょっと凄みさえ感じさせるキャラになっていて、本書の井岡は“儲け役”感がある。
恋愛小説としてのサイドBもいい。当初は軟弱ダメ男だったヨシキが、紅鈴への愛ゆえに次第に逞しくなっていく様と、そんなヨシキを前にして、頑なだった心を開いていく紅鈴。愛すること=守ること、を貫いた二人のラストが胸にしみる。
妖(あやかし)の華
発売日:2012年02月20日
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『リーダーの言葉力』文藝春秋・編
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