海霧と書いて、じり、と読ませる粒の大きな霧。 今日はジリがでて、いかにも釧路らしい日です、と桜木さんは言う。 師走の最初の日、新刊『ブルース』に登場する釧路の街を歩いた。 『ブルース』は、昭和から平成の釧路を舞台に、“崖の下”の長屋で父親の顔を知らずに育った6本指の少年が、自らを鍛え、故郷の歓楽街の実力者となるまでを、8人の女の語りで描いた短編連作。地方都市のフィクサーとも呼べる人物の過去の時間が1篇ごとに登場し、過酷な少年時代から闇の寵児となっていく姿が、女との係わりの向こうに幻視される気迫の1冊だ。
――ほんというと、このくらいの空の方が落ち着くんです。
今日は気温プラスでしたね、朝。この時期ふつう夜明けはマイナス。
まずは、桜木さんの原風景ともいえる釧路湿原へ。
釧路湿原――変わらないもの
ドアを開けると、この湿原がある、という環境で育ってきたんです。自分が生きて死んでもこの景色は変わらない、その変わらないところに、人間が現れて去っていく。そういう感覚があります。言語化できるようになったのは最近ですけど。それが骨の髄に沁みているのかもしれない。己が何かを変えられるとはまったく思っていないですし。生きて死ぬ、その間に観たり感じたりすることを、切り取って書かせてもらっているだけ、とどこかで思っている気がするんです。
主人公影山博人の生地、崖の下
すごく、久しぶりに来ました。42年ぶり?(笑)
博人の生まれたあたりの地形的なイメージを借りたのは、このへん。
自分が幼いころ過ごした地域です。
しっかり土留めされていて、赤土も露出していなければ、切り立ってもいないですね。4~5歳の頃の印象なので、忠実な再現というよりイメージ優先でした。
「恋人形」の景色は、昭和40年代の風景です。
博人の家に牧子が上がりこんだ時刻、外にはもう太陽はないのですが、この感じは釧路に来ないときっと分からないでしょうね。冬の釧路は午後3時半には日が沈みます。同じ道内でも札幌とは日没が30分違う。
朝起きた時は明るいのですが、夜もとても早く訪れるので、時間の感覚が他の土地とは違うかもしれません。街を出て10年と少し経ちますが、道内しか住んだことがないのに、釧路を思うと、(時差を感じて)ああ、釧路は外国だったんだ、と思うことがあります。
釧路と博人という男
釧路は一攫千金を狙う山師が多い街。パルプや炭鉱は3交代制だから、日中もてあましている男たちがいて、パチンコ屋も多いんです。
皆で耕して収穫する、というやり方より、漁にでて沢山の魚を獲ってきて大金を懐にいれる感じが、この街に馴染んでいる。だから、のしていく人間に対して寛容だし、むき出しの野心にも好意的な雰囲気があると思います。かつては胴巻きに札束をさして歩いていく男たちもいて、それは格好いいことでした。釧路くらいのサイズの街だと、どのビルを誰から買った、誰を踏み台にして上がっていったというのが明らかですから、博人の周囲にはばくち的な空気もあったかもしれませんね。人のものを削りながら生きていく男が、自分の過剰を切り落としたことをどう思ってきたのか、書いていて最後まで彼に対する興味が尽きなかったです。
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