書評

ゲームのような騙しあいが華麗に繰り広げられる極上の美術ミステリー

文: 柴田 よしき (作家)

『離れ折紙』 (黒川博行 著)

 これがなんとも気持ちいい読書体験なのである。描かれるテーマは気持ちいいどころではない、ブラックな現代日本の現実そのもの。ヤクザのシノギは産廃問題、建設業界と裏社会の癒着、宗教団体の脱税やら黒い金の流れやら、映画製作にまつわる黒い現実、そして老人を狙った財産強奪目的の黒い結婚。どれもこれもえげつなくて情けなくて、不細工で嘔吐をもよおすような「人間の本性」がどろどろと渦巻く有様だ。凡庸な手による普通の小説で読まされたら、もうええわ、と本を閉じたくなってしまうような。

 ところが黒川さんの手にかかり、関西弁と関西の街の活写にのせて黒川節で語られると、そうしたどろどろの世界までもがどこか憎めない、哀しい、あるいは愛しさまで感じてしまう物語に変わる。黒川さんの容赦ない批判精神と現実直視力が、どろどろで真っ黒な人間社会のその奥に流れる、人として生きることの哀しさ、情けなさをすくいあげ、救いがないはずの物語に、クスッと笑ってしまうようなかすかな希望を見せてくれるのだ。大阪の街と大阪弁の持つ温かさ、猥雑でありながらプライド高い人々の「生きようとする姿」によって、まあしゃーない、なんとかなるで、明日はまた来るんやから、と、本を閉じたあとで少し元気になってしまうのだ。

 まったく不思議な作風である。そしてなんとも魅力的な文学である。

 

 本書ではやはり、人間の本性、欲がどろどろぐちょぐちょと渦巻く世界、骨董と古美術の世界が舞台となっている。

 そもそも素人の知識でも魑魅魍魎がうようよ徘徊しているだろうなと思われる世界だが、本書はその魑魅魍魎を、彼らの手口も含めて暴き出す。知識のないわたしにとっては、作品ごとに惜しみなく描かれる「やつらの手口」がとにかく面白くてページをめくる手が止まらなかった。ガラスのレリーフ、刀剣、浮世絵。騙す為に駆使される贋作テクニックの数々。田舎の蔵を開けさせて骨董品を騙し盗る手口や、百戦錬磨のコレクターや鑑定家との丁々発止。いやいや、なんという世界だろう。まるで、騙し騙されること自体がゲームとして成立していて、参加者たちはそれそのものを楽しんでいるかのようである。だが彼らは遊んでいるのではない、命がけで食い扶持を稼ごうとしているのだ。動くお金は時に巨額、時にせこいけれど、詐欺師たちはいつも真剣だ。そして詐欺師のカモになる側だって、いつも大真面目なのである。

 美しいものを自分のものにしたい。その欲求はとてもプリミティブなものに違いない。おそらく太古の昔から、人は食べ物としてだけではなく、目で愛でる為に花を摘んだはずだ。最初に人間が、きれいだから欲しい、という欲望に従って花の茎を手折ったその瞬間。それは人間が他の生き物たちと決定的に分かれた瞬間だったろう。そうして人は、芸術を手に入れた。それによって人は、心を無限に豊かにすることが出来るようになった。

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黒川博行
黒川博行・著

定価:本体620円+税 発売日:2015年11月10日

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