さて「私」は、ホームから持ち帰ったワープロを苦心して操作し、手紙をひもとき、遺された言葉を読む。父の内面への旅に出る。その過程で長年秘められた、北国の女性との父の命がけの恋も発覚する。
とともに父の遺品や思い出にうながされ、「私」も多様な時間を往還する。この時間の織物がまことにみごと。戦後の昭和史と個人史を重ね、絵巻きのように広げる。
たとえば父を表わす〈沈黙のひと〉というキーワードにも、そうした個人性と歴史性が巧みに重ね合わされる。
パーキンソン病ゆえの沈黙。それともう一つ、一九二三年生まれの父は学徒出陣した戦争の世代で、自身が「俺たちの年代はみんな、戦争の当時のことは口をつぐんで語らない」と述べる〈沈黙〉の世代。兄弟や友の戦死さえ語らず、高度経済成長期を支えた。
「私」の性格形成にも時代が反映する。稿者は作者と同世代なので、特にここにはうならせられる。「私」は父母の離婚のせいばかりでなく、徹底的な個人主義の人間に育つ。
ごく若いころから、私は家族が嫌いだった。運命共同体が嫌いだった。自分の人生に、共同体の象徴である家族が絡みついてくることが我慢できなかった。
昭和二、三十年代生まれの若者の感覚がよく表われている。青年は荒野をめざせ。共同体や絆に人気のない時代だった。しがらみからの脱出がカッコよく、家族はカッコ悪かった。自分で選んだ友人や恋人の方が大切だった。
こんな箇所も、そしてこの小説ではさまざまな家の細密な描写もすばらしい。家をもつことがサラリーマンの夢だった昭和という時代を、これもみごとに象徴する。
親子三人で犬を飼い、幸せに暮らした白い社宅。父の短歌仲間の女性の家は、その人柄にふさわしい落ち着いた古い木造。玄関に「心温まる小物類」や朝顔の鉢がある。父が建てた念願の家は意外な和風。二度目の妻の好みか。そこを追い出されるように最後に住んだホームの部屋。父のネームプレートに「小さなオレンジ色の折り鶴が二羽」、テープで貼られているのが哀切である。
冒頭で述べた〈父恋いの文学〉のテーマに戻ろう。
森鴎外や上田万年はそれぞれ、今ならまだ若い六十歳と七十歳で亡くなった。平均寿命が今と異なる。偉大な父たちは偉大なまま、娘を守る翼を広げたまま逝った。
平成の父たちはそうはゆかない。長寿の時代である。多くの父は老い衰え、介護を受けて逝く。教養人で文芸の知識をゆたかに娘に語った三國泰造も、最後は読む力も語る力も奪われ、逝った。
愛し守ってきた者と、愛されてきた者。両者の立場がいわば反転する。その時に、どんな新しい愛が互いのあいだに生まれるのか――。
三國衿子は父の頬の涙や鼻水をぬぐい、車いすの前にすわって彼の冷えた膝や手を両手でくるみ、さする。薄い肩を抱く。
三國泰造はどんな時でも、「力なく私の手を握りかえ」す。脳梗塞をおこして半身まひになった時でさえ、点滴を受けつつ「ひんやりとした骨ばった手が」娘の手を探り、握る。至純のスキンシップ、最強の愛の確認。
これが一つの答えである。未曾有の高齢化社会の到来が予想される時代にあって、『沈黙のひと』はこれからも長く読み継がれる愛の名作の位置を保つであろう。
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