シリーズ第1弾の『地層捜査』では、15年前に東京新宿区の荒木町で起きた老女殺人事件を丹念に追ったが、今回は、17年前の代官山事件と川崎で起きた殺人事件の捜査を並行させている。この並行捜査が見事である。実にきびきびとした展開で、テレビの刑事ドラマのように余分なものはなく、刑事たちは事件捜査に邁進する。快調なテンポ、滑らかな展開、鋭い切れ味、物語における颯爽とした疾走感。とても心地よい警察捜査小説だ。
この無駄のないスピーディな語りは、海外のテレビドラマと同質のものを感じる。事実、科学捜査の興味も『CSI』なみにある。ただ映像では表現できない、小説ならではの興趣もある。それは土地の記憶、ノスタルジックに浮かび上がってくる過去の情景、静かに醸しだされてくる抒情であり、それらが読む者の心をやさしくなでる。しかも不思議なのは、土地に不案内な読者でさえ、水戸部たちが過去の堆積の深層にわけいることで、なにかしら懐かしさを覚えてしまうことだ。まるで日本人としての共同体験の記憶を刺激されたかのように。
前作『地層捜査』ではバブル時代の土地トラブルを語りながらも、人物たちの眼差しはさらに昔の花街に生きた芸妓たちの肖像へと向かい、なんともいえない情感が行間からこぼれたが、それは今回も同じである。樹木が残る同潤会アパートがあったころ、ファッションに憧れを抱き、ファッションの街の代名詞としても知られる代官山に住んでいた被害者の女性の肖像が、当時の風俗とともに、ゆっくりと浮かび上がってくるのである。はかない夢や希望とともに。
今回は事件捜査活動を綿密に描いているために、新たな相棒の女性刑事の朝香や、脇役の科学捜査研究所の中島の私生活などが描かれないのが惜しまれるけれど(前作では水戸部が中島に手料理をふるまう印象的な挿話もあった)、性犯罪を憎む朝香の側面や、中島の恋のめばえなどもさらりと言及されていて、第3作以降のシリーズ・キャラクターの予告編のところがある。
1時間という枠組みのためか、海外ドラマでは事件中心で、刑事たちの私生活を描かないのが主流になってきているけれど、警察小説のナンバーワンのシリーズ、エド・マクベインの87分署ものをあげるまでもなく、警察小説とは捜査活動を描く警察捜査小説と、刑事たちの私生活を描く警官(刑事)小説の両方の面白さを兼ね備えている。佐々木譲が今後、どのようなアプローチで、警察小説の最前線を走るのか、実に気になるところである。
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