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『ミナを着て旅に出よう』解説

『ミナを着て旅に出よう』解説

文:辻村 深月 (作家)

『ミナを着て旅に出よう』 (皆川明 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

 私はびっくりした。確かによく着ているものだが、それがこんなにも深く子供の記憶に残っているとは思わなかったのだ。

「本当だ、かーかのワンピースだね」と呼びかけると、子供は自慢気に胸を張り、「うん。かーか」とこくりと頷いた。その時に、私は言葉にできないくらい、深く、デザインの力について思い知り、感じ入ってしまった。うちの子にとって、そのワンピースは、おそらく自分の母親そのもので、私の顔を思い出すのと同じくらい鮮明に胸に思い浮かべられるものなのだろう。

 考えてみれば、私もそうだった。大人になった今も、目を閉じれば、若かった頃の父が羽織ったクタクタのジャケットや、母の着ていたエプロンを、その染みの位置まで鮮明に思い出せる。今でも、似た色合いのものを見れば、「あ、あの時のお父さんの服と同じような色だ」と親しみを持つ。

 ミナは、2005年から子供服のラインを作っているが、そこに託された皆川さんの思いを今回読むことができて、とても幸せな気持ちになった。

 子供の頃の服って、自分で選択したものではなくて与えられたものです。選択できない記憶の部分だとしたら、そこに与えられるものが創造に満ちていたら、子供たちの将来にもいい影響があるのではないかという願いもありました。(158P)

 子供はおそらく、限られた世界を生きるからこそ、自分の目に見える範囲の景色に、ものすごく濃密な記憶の線を引いている。自分の家のこの場所にはこの椅子があって、この色の絨毯があって、自分のコートはこんな手触りで、お母さんはこんな服を着た人、というように。うちの子の記憶の中で、自分が「ミナを着たお母さん」として記憶されるのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

 皆川さんが、「自分の人生を超え」、「100年後にも存在する」ミナ ペルホネンを見据えてくれるということは、この子が大きくなった時にも、そのファブリックを見て、記憶の中の母親を思い出すことができるという、そういう約束を見据えてくれるということなのだと思う。

 これはおそらくうちだけの光景ではなくて、ミナを着る多くの人にとって、ミナ ペルホネンはそういう存在なのだ。皆川さんは、自分のブランドから旅立つ服や小物それぞれが、こうしたささやかな物語に彩られながら長く使われることを理解した上で、ミナが100年後にも愛されるための仕事を、今している。そのことが、本書から強く伝わる。

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文春文庫
ミナを着て旅に出よう
皆川明

定価:682円(税込)発売日:2014年03月07日

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