書評

他人がいるということ

文: 藤野 可織 (作家)

『問いのない答え』 (長嶋有 著)

 長嶋有といえば、日常のちょっとした、ともすればどうでもいいかもしれないようなこだわりをこれでもか! と書き連ねることで有名だし、大人が真剣に遊び(それもアクロバティックな派手なタイプのものじゃなくて、ほとんど座ってるだけみたいな見た目に地味な遊び)に懸ける様子を書くことでも有名だ。

 その持ち味はそのままに、『問いのない答え』は異様に技巧的な文章で書かれている。ぱらぱらと移り変わる視点人物の、ある一人がしたこと、言ったこと、考えたこと、気づいたことが、直近の視点人物や、ときには章をまたいだはるか向こうで待っている視点人物に引き継がれ、やや味わいを変えながら何度も繰り返されるのだ。それでいて、それらは行動、セリフ、思考などを共有した複数の人物のあいだで示し合わされることはない(一方だけが気づくことなら、たまにはある)。つまり、互いに、自分と同じようなことをしたり、言ったり、考えたり、気づいたりしている当事者たちは、そのことを全然知らずに過ごしているのである。恐ろしいことには、秋葉原通り魔事件の加藤がネット上に書き残した膨大な行動、感情の動きもまた、罪のない登場人物たちによって、反復されていく。それは、ツイッターで、フォローしている人たちが互いにそうと知らずに同じ話題を書き込んでいる様子にとてもよく似ている。

 読み進むにつれて、あ、これ、前にもあった、とか、ん? 前にもなんかなかったかな、というものが増えていく。きっと気がつかないで読み過ごしてしまっているところもある。読む人によって、心に強く刻まれる事柄はちがうはずだ。私は一つだけ挙げるなら、「独特な三角形」がすっかり頭にインプットされてしまった。「独特な」なんてちょっと雑な物言いじゃないか、と思いつつ、もう私が今後そう称されているそれを見たら「独特な」を反復せざるをえないだろう(なにが「独特な三角形」なのかは探して気付いてください)。それは、この小説が世界に溶け出していると実感する瞬間だ。

 読んでいる途中でなにかを見過ごしているんじゃないかと気になって戻るのは正しいし、気がつかないで通り過ぎていくのも正しい。気がつかない、ということも、この小説ではちゃんと肯定されている。ある人物は、その人にとってとても大切なことを勘違いしている。その勘違いが勘違いであることを知らされても、事実をすっかり忘れ去ってしまっているので、わけがわからないままだ。正解は地の文で読者に知らされるが、その人物はずっと知らず、正解に至るドラマは用意されない。

 なんという整理され、削られ、磨かれたとりとめのなさだろう。

 私は世界のとりとめのなさが苦手で、そのとりとめのなさを丸投げするかに思われる群像劇が苦手だけれども、とりとめのなさを群像劇で描いたこの『問いのない答え』は苦手じゃない。これは、世界は捉えようがなくてどうしようもないのがよし、という捉え方を教えてくれているから。

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問いのない答え
長嶋有・著

定価:本体790円+税 発売日:2016年07月08日

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