たいらのきよもり、いいむなげ。
――のっけから、むさくてスミマセン。これはいったい何かというと、高校生の日本史年号の暗記法なのです。平清盛が位人臣を極め、武人として初めて太政大臣に昇った。それが1167年である、と。鳴くようぐいす平安京、とか、いいくにつくろう鎌倉幕府、みたいなものです。
そういえば、私の師匠の五味文彦は「日本史100年周期説」というのを唱えていて、西暦の下二桁、67とか68の年に、大きな変革が起きているという。私が専攻する中世を例にとると、1068年=後三条天皇即位⇒院政の始まり、1167年=清盛・太政大臣に⇒武人政権の始まり、1268年=モンゴルの国書・日本へ⇒東アジアの動乱、1368年=応安の半済令⇒公武統一政権の出現、1467年=応仁の大乱始まる⇒戦国時代の始まり、1568年=織田信長の上洛⇒統一政権の胎動。正直なところ、あれ? というのも含まれていますが、なかなかでしょう? あ、1868年はもちろん、明治維新です。
それで清盛の胸毛がどうした、という話なのですが、まあ、聞いて下さい。このほど私は、文春新書から『謎とき平清盛』という本を出すはこびとなりました。来年のNHK大河ドラマは「平清盛」ですが、私はその時代考証を務めておりまして、それでお声を掛けていただいたのです。時代考証の舞台ウラあり、初めての武人政権は鎌倉幕府ではなく神戸(福原)幕府だ! などの最先端の学説あり。ピカッと光る内容で、そこらの便乗本とは明らかに一線を画したものに仕上がっている、と自負しています。えっへん。
と、まあ、ダメ研究者の空いばりはそれくらいにして。正味な話、本を買っていただくには、先ずは手にとってもらわないと。それで編集者は本の装丁に細心の注意を傾注するわけです。文春新書の場合は全体の装丁は決まっていますので、とくに帯、ですね。本にくるっと巻く紙に何を書くか、載せようか。「時代考証」担当が書いてるぞ、なる「うたい文句」はまあそれでいいとして、テーマが平清盛なんだから、清盛のかっこいい画像を載せよう。だけど、清盛の画像なんてあったっけ?
さあ、困った。一つあるにはあるのですが、貴族としての清盛を描いていて、全く男前じゃない。どうせ他の便乗本は、みんな手抜きしてこれを使うんだろうし、やめておいた方が無難そう。それから、青い鎧(よろい)をきた珍しい清盛の絵(『平治物語絵巻』の断簡)があるのですが、現在の所蔵者が不明で、所有権の面でNG。視点をかえて、清盛に扮した松山ケンイチさんは? 肖像権がありますから、使用料がすごくかかりそう。これもダメか。
すると、編集のSさんが、戦前に書かれたという、清盛の絵を探し出してきてくれました。おお、すごいぞ、こんなの見たことない。だけどこれが、狡猾そうな表情を浮かべている上に、実に男くさい絵づらなのです。いがぐり頭に固そうな無精ひげ。男性ホルモンきつそうだな。絶対に胸毛、生えてるな。
ううむ……。私のイメージする清盛はこんないかつくないんだけどなあ。あちらにもこちらにも気配りが出来て(『愚管抄』)、下々にも常に優しい心使いを忘れない(『十訓抄』)。武人のトップとして足利尊氏だの織田信長と比べてみれば、近親者や部下を粛清していないというだけで驚きです。その情け深さは、源氏の後継ぎの頼朝の命を、うっかり助けてしまったほど。どこから見ても、「いい男」でしょ。
議論するときを、思い浮かべてみて下さい。こちら側の言い分を一方的に言い募るのは楽なものです。でも、相手の言い分を良く聞いていったん腹に収める。その上で、相手の主張の脈絡にそって反論を構築する。これは説得力をもつけれど、ものすごく難しい。でも、清盛は生涯を通じてそれをやった。貴族なぞひとひねりの強大な軍事力をもちながら、あえて使うことをせず、貴族の価値観を受け入れた。成り上がりとか、賤しいヤツとかの陰口を笑って受け流し、一門を率いて、貴族として歩を進めていった。すごい男です。
Sさんは言います。この絵は、平家にあらずんば人に非ず。「おごり高ぶった清盛」を描いたのでしょうね。本郷さんはまったく違う清盛像に到達したんだから、コントラストがかえって面白いじゃないですか。これでいきましょうよ。……うーん、確かにそうもいえるかな。じゃあ、これを使いましょうか。うまく丸めこまれた気もするんだけど……。
と、いうわけで。書店で「男くさい清盛」を見かけたら、ぜひお手にとってご覧下さい。それから、厚かましいお願いですが、ぜひ中味もご一読下さい。お、清盛のイメージがずいぶん異なってきたんだな。驕った悪役じゃないんだな。本を閉じた時、そう実感していただきましたら、著者として、これにすぎる喜びはありません。
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