「うん」と答えるか答えないかのうちに、A君は一目散に店の方角へ早歩き。連れていかれたフロアはなぜか工具売り場。東急ハンズにはよく訪れていたEちゃんも、このフロアに足を踏み入れたのは初めてのことでした。
デート中らしきカップルは他にいません。彼女が戸惑っていると、A君はやおら手近にある工具について解説しはじめました。キラキラと目を輝かせながら語るA君。工具の使い方や過去に造った物、そしてこれから造りたい物……。A君の口調はいつになく滑らかに、頬はバラ色に、瞳は潤み輝いています。彼の口上は、広い工具フロア全てをテーマにしつくすまで、止まることはありませんでした。
……ふふふ。理系クンですねぇ。この「自分の好きなものについて語るととまらない」、そして「女子の趣向に一切の配慮がない」部分が、まさに理系クンの特徴なのです。
そんな工具売り場デートから1ケ月後。Eちゃんは、今度は自分の誕生日という名目で彼をデートに誘い出しました。今回こそ、工具方面から彼を遠ざけ、ロマンチックなデートを実現しようと画策したEちゃん。ロケーションを、カップルのメッカ=夜のお台場に設定しました。
整然とした街のムーディな日暮れに、案の定A君は緊張している模様。2人で歩いているのに、2人の間には常に人1人分の空間が保たれたまま。
そこで、Eちゃんは、「観覧車にでも乗れば嫌でも距離が縮まるだろう」と思いつきました。抵抗するA君。それでもEちゃんは自分の誕生日を切り札に、いっしょに観覧車に乗ることを頼みこみます。
狭い観覧車に乗りこむ2人。先にEちゃんがシートに座ると、A君はかたくなに向かい側のシート、しかも彼女と対角線の位置に着席。向かいのEちゃんと目をあわせることもできず、首を90度回転させて窓の外を凝視しています。
唖然(あぜん)とするEちゃんと、全身で緊張しているA君を、観覧車はゆっくりと夜空へ運び出します。「日曜日なのにオフィス街の窓が明るいなぁ、がんばってんなぁニッポン」、などと、窓の外に語りかけるA君。「そうだね」と相槌を打つEちゃん……。
観覧車は頂上を回ります。四分の三ほど過ぎた頃、「足元が寒い……」とA君。「じゃあこっちにおいでよ」と自分の横のシートを勧めるEちゃん。次の瞬間、目にもとまらぬ素早さでA君は勧められたシートに移動。その一瞬の出来事にEちゃんが目をしばたいていると、観覧車は1周を終えて着地する直前でした。
係員がドアを開けるまさにその時、照れが頂点を極めたA君は、またも同じ素早さでEちゃんと対角線の元のシートにびゅん!っと戻っていったのです……。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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