大村 大学なんかへ行ってね、観念的なことばかり仕込まなくて済んだ。株屋の次は旋盤工やったり、戦後は東京都の臨時職員になってDDTを撒(ま)いたりして、実社会に適応していた。文学青年みたいに、原稿用紙に向かって、食うや食わずで書く、なんていうことは考えないでしょう。実社会と早くに交わっていて、基本的な生活を大切にした。そういう、実務家としての力もあったんじゃないですか。
ところで、花田さんは「オール讀物」には二年間いらしたんですか。
花田 そうです。入社してすぐ配属になりました。あの頃はまず「オール讀物」に行かせて、作家の先生方のお相手をさせ、世の中のことや礼儀作法を学べ、みたいな習慣が文藝春秋にはあったんです。
大村 『鬼平犯科帳』というタイトルは花田さんが思いつかれたとか。
花田 ええ。長谷川平蔵を主人公にした連載をしていただくことになって「鬼平捕物帳」とか「本所の鬼平」とか色々考えたんですけど、どれもしっくりこない。ある日たまたま新聞を見ていたら、岩波新書で『犯科帳――長崎奉行の記録』という本の広告が出た。長崎奉行所の裁判記録ですよね。「犯科帳」という言葉が非常に新鮮だったんですよ。いままで聞いたことがない言葉で。あ、これはいいなと。それで早速パクりまして(笑)、杉村編集長に「鬼平犯科帳」と提案したら、お、それはいい、ということで、すぐに決まりました。池波先生も気に入ってくださいましたね。
大村 「捕物帳」としなかったことで、必ずしもミステリーとしての落ちをつけなくても済むようになったのがよかったね。
花田 挿絵は池波先生のたっての御希望で佐多芳郎先生にお願いしました。線が美しい、品のある絵でしたね。
大村 うまい人でしたよねえ。
花田 後に佐多先生が本画に集中されたいということで、途中から中一弥先生になったんです。
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