逢坂 池波さんがお亡くなりになって、二十年近くも経つというのに、『鬼平犯科帳』は多くの支持を集めています。
諸田 私がそれを実感したのは、郷里の、ある老夫婦の家を訪ねたときのことです。
その夫婦とは小説の話をしたことがなかったので、あまり読書はされないのかなと思っていたんです。ところが、私が時代小説を書いていると知った奥様から、ちょっとこちらへ、と招かれて、奥座敷の押入れを見せられたんです。そうしたら鬼平が全巻そろっていて……。しかも、読み古されて、ぼろぼろになっていました。
逢坂 何度も読んだんでしょうね。
諸田 そうなんです。ほかの本は一冊もないのに、鬼平だけがそろっているんです。私の周りには、鬼平から時代小説を読み始めたという女性が多いですね。
逢坂さんと鬼平の出会いはいつですか?
逢坂 私の場合は父(挿絵家・中一弥氏)が、オール讀物に連載中の「鬼平犯科帳」の挿絵をかいていたこともあって、家に「オール讀物」が届くたびに読んでいました。でもそのときは作家になろうなんておもってもいなかったから、何気なく読んで、スラスラ読めるけど、後には何も残らないなあ、なんて思ってましたよ。重くないからスラスラ読める。無邪気な読者でしたね。
諸田 ところが、何度も読んでいるうちに、鬼平の面白さが分かってくるんですよね。何度目かで突然、アレッこれはすごいことだという感覚になるんです。
逢坂 やっぱりみんなそうなんだね。
僕も作家になって、池波さんの文体に関心がわいてきて、池波さんの小説作法とはどういうものだろうかと考えるようになった。僕の中で、池波さんの凄さは未だに解明できていないんだけど、とにかく改行が頻繁で文章にリズムがある。
一つの解釈は、池波さんが、若いころ、新国劇など芝居の台本を書いていたから、というものです。そのときに掴んだ呼吸だと思っている。脚本家が小説を書くと、台詞がいきいきとして上手い。さらに池波さんは、ト書の強さを生かしている感じがする。
諸田 時代小説って、自分が書くと、ともすれば説明過多になりがちですけれども、池波さんはそうじゃない。人物に関しても、短い言葉でパッとつかみますよね。人を描くときに、その深さというのかな、その人の背景みたいなものまでちゃんと頭にあって書いているんだなというのが伝わってきます。書くのは氷山の一角であっても。
逢坂 一瞬の行動や会話で、どんな人物かを伝える。一見スカスカに見えるんですが、行間に情報がたくさん詰まっている。だから四、五十枚の短編を読んでも、二、三百枚の長編を読んだ気がするんですよね。