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林真理子×マキタスポーツ 「山梨」発「野心」経由のふたり【前編】

林真理子×マキタスポーツ 「山梨」発「野心」経由のふたり【前編】

「オール讀物」編集部

出典 : #オール讀物
ジャンル : #ノンジャンル

引きこもりになり世間を呪った

マキタ 先日、日川高校の同窓会に初めて行きました。男性はみんなハゲていてビックリしましたね。僕は大学で東京に出て以来、生まれ故郷の山梨を否定しながら暮らしていたので、卒業してから三十年、同級生とほとんど会っていなかったんです。

 どうしてそんなことになったの?

マキタ 高校時代は目立つ方だったので、自分には山梨は狭すぎると勘違いをしていたんです。それで東京の大学に進学して、四つ上の兄貴が住んでいた明大前のアパートに一緒に住み始めました。でも大学は鶴川という町田市のマイナーな場所にあったので、井の頭線や小田急線の地獄のような満員電車に乗らないとならないし、準急や急行の違いも田舎者にはよく分からずストレスばかりでした。それで、ようやく学校に着いて、校舎の階段を友達と上っていたときに、うっかり「ああ、えらい」って言ってしまったんです。そうしたら、「えらい? 何が?」って言われたんですよ。そこで僕、もう心が折れちゃって……。

 しんどい、って意味ね。「ああ、えらかったじゃんね」って言いますよね。

マキタ 油断して口をすべらせた方言を指摘されて、顔が真っ赤っ赤になっちゃって。それで僕、五月以降、学校に行けなくなっちゃったんです。

 そんなことぐらいで!?

マキタ 自分はもっと豪快な人間だと思ってたんですが繊細だったんです。

はやしまりこ/1954年山梨県生まれ。82年『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でデビュー。86年『最終便に間に合えば』等で第94回直木賞受賞。

 私はいとこたちもみんな東京の学校に行っていたので、東京に行くのが自然でした。もともと父親が東京の人だったので、行けば何とかなるだろうと思っていた。進学した日大藝術学部では、一年生のとき結構ちやほやされていたのよね。私も勘違いの人だから、この人私のこと好きなんだろうと思った人もいたのだけど、二年生になったら一年生にみんな取られちゃって。「あれっ、おかしいな」と思いながらも、今になんとかなると思って、結構順応してきました。

マキタ 僕はそれから、ひたすら世の中を呪っていましたね。世間のバブルのはしゃいだ雰囲気にもついていけなくて、半年以上引きこもり状態でした。とにかく外に出たくないので、夜中に這い出して、近所のコンビニで廃棄処分になっている弁当をくすねたりして。だから、当時の自分が真理子さんの『野心のすすめ』を読んでいたら、先輩の不屈の闘志がまぶしすぎて逃げ出していたと思います。

 でも、私もそんなにしゃかりきに頑張ろうっていう感じではなかったですよ。就職できないから「困ったな。じゃあバイトするしかないよな」と思って、植毛クリニックで、頭に植える毛を注射針に一本ずつ入れる地味なバイトをしました。でも「これも長くやる仕事ではないし、もっといい仕事見つけなきゃ」って、だんだん階段を上がってきた感じなんです。そもそも、山梨県人って、こちらが貧しくても山の向こうには華やかな東京があると思っているから、独特の上昇志向はあると思いますよ。静岡の人はもっとのんびりしてるらしいの。

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オール讀物 2017年1月号

定価:980円(税込) 発売日:2017年12月22日

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