
- 2012.07.25
- 書評
その知識欲で人類の恩人となった人体実験野郎たちに乾杯
文:仲野 徹 (大阪大学医学部教授)
『世にも奇妙な人体実験の歴史』 (トレヴァー・ノートン 著 赤根洋子 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
かつて立花隆は、人間には食欲と性欲にならんで知識欲があると喝破した。しかし残念ながら、大学に勤める毎日であっても、そのように実感することは多くない。だが、この本を読んで認識を新たにした。人間というのはかくも知的好奇心に満ちあふれた生き物であったのかと。
ちょっとしたことで大問題になってしまうほど人権が尊重されるこのごろである。時代が違うとはいえ「全部ほんまに実話なんか?」とびっくりするような面白い人体実験話をよくこれだけ集めてくれたものだ。著者のノートン教授に感謝せずにはいられない。
人体実験の話なんか、なんとなくおどろおどろしそうだからパス、と尻込みされる方もおられるかもしれない。しかし、ノートン教授のセンスあふれるチョイスと軽やかな筆致、そしてこなれた翻訳のおかげで、この本、『人体実験』という言葉が隠喩するような重苦しさはすこしも感じられない。
古来、不老長寿や無病息災が人類の夢であったことを思えば、全編の七割近くが医学関連であることは不思議ではあるまい。その嚆矢は、18世紀イギリスが産んだマッド・サイエンティスト、ジョン・ハンターであった。
ハンターは、外科医として高い名声を誇るだけでなく、とんでもないコレクターでもあった。法の網をかいくぐって解剖用の遺体を集めまくり、「私が解剖したいと思えば、手にはいらない人物はいません」と豪語したというから、とことんマッドである。
梅毒と淋病が同じかどうかを確かめるため、ハンターは、淋病の患者の膿を自分の局所に接種するというすさまじい「とんでも」実験をおこなった。そのオチ、とでもいうべき顛末は本書を読んでのお楽しみということに。
しかし、ハンターの実証的な態度を最もよく受け継いだのが弟子の1人、種痘すなわち天然痘ワクチンを開発した「近代免疫学の父」エドワード・ジェンナーなのだからあなどれない。これ以外にも、感染症における人体実験話がたくさん紹介されている。
コレラは細菌感染ではないということを証明しようと、自らコレラ菌を飲んだ衛生学の大家。黄熱病の伝染経路を明らかにするために患者の「黒い嘔吐物」を飲んだ医学生。感染経路を明らかにするために、サナダムシを飲まされた死刑囚。
こんな恐ろしい話ばかりではない。ダニによって媒介される皮膚病である疥癬の感染経路を明らかにするために、「プラトニックにベッドをともにする」という実験も紹介されている。うらやましいようなうらやましくないような、やっぱりよく考えると全然うらやましくない実験とは思われませんか?
麻酔薬の効果をみるために自分で試す、患者のがん細胞を自分に移植してみる、自分の体を使って心臓まで届くカテーテルを開発する、意図的に無理な偏食をしてビタミン欠乏症に陥る、一酸化炭素中毒になってみる。など、命がけでおこなわれた医学的人体実験も実に盛りだくさんである。
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