400年以上も前、真冬の飛騨山脈を越えた戦国武将をご存じだろうか。佐々成政である。本能寺の変の後、越中を領する成政は、秀吉と敵対していた。もはや自ら浜松の徳川家康に会い、織田家再興を促すしかない――。しかし、越後の上杉景勝、加賀の前田利家に挟まれ身動きも取れない。残された選択肢は1つ。「あの雪山を越えて行こう」。佐々成政の無謀な挑戦はいかにして行われたのか。
現在でも語り継がれる「沙羅沙羅越え」を描くのは、時代小説の文庫でもヒット作を連発する風野真知雄さんだ。ある個人的な体験が、書き始めるきっかけとなった。
「最初は、戦国武将が雪山を行くというイメージに強く魅かれました。その後東京マラソンを走りましたが、苦しくてもうやめたいと思ったんです。でもそのとき、きっとこれは佐々成政と同じ気持ちに違いない、と実感できた。他にもいくつか題材の候補はありましたが、どうしても『沙羅沙羅越え』を描きたいという気持ちが湧きあがってきたんです」
しかし、当時の記録はほとんど残されていない。
「僕は妄想型の作家ですから、想像力を働かせるにはかえって好都合。ただリアリティは確保したかったので、登山の専門家に、成政が『沙羅沙羅越え』をするとしたら、どんな道を歩いたのかを推定してもらいました。現地取材もしましたよ。冬に行きたかったのですが、『死ぬからやめろ』とみんなに止められてしまって、結局は夏山に上りました(笑)」
成政たちの旅は吹雪、雪崩、凍傷と容赦なく襲いかかる雪山との闘いの連続だ。死と紙一重の雪中行軍も迫力満点だが、もう1つの読みどころは、佐々成政から溢れ出る人間的な魅力。信長や秀吉のような英雄ではないが、現代人に寄り添うような等身大の戦国武将の姿がある。
「僕の気質が足軽とか百姓なので、戦国武将を書くときにはテンションをあげなければなりません(笑)。ただ佐々成政には、なぜか親近感を持てました。彼は家康の説得に失敗し、『沙羅沙羅越え』は結局徒労に終わります。この後には秀吉に領地も召し上げられる、いわば歴史の敗者です。僕の人生を振り返ってみても、ライター時代は下っ端仕事ばかりでしたし、小説家デビューするにもすごく時間もかかって、いつも負け続けている感じ(笑)。だからこそ、たとえ結果がダメでも挑戦し続けたいと常に思ってます。その気持ちがこの小説に投影されているのかもしれませんね」
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『沙羅沙羅越え』 (風野真知雄 著) KADOKAWA