村西監督は最初のうちはまったく売れず、コペンハーゲンやローマでロケをおこなっても、鳴かず飛ばず。晩秋の那須高原でたまたま女優の口舌テクがうまかったために、男優を務めた助監督が女優の口中で漏らしてしまった。
女優の怒ること。
1985年当時、女性の顔に男の白濁液がかかるなんてことはいまよりもずっとタブー視されていた。
失敗シーンなのだが、意外なことに問屋筋でこの作品が受け、これに触発された村西監督はハワイロケにおいて、フィニッシュに女優たちの顔を白濁液で汚すシーンを10本以上撮り溜めしてきた。
疑似性交が大手を振ってまかり通る時代に、村西監督作品の過激さは評判を呼び、売れ出した。
失敗は時に成功をもたらす。
「さあ! ナイスなきみの青春を思いっきりバックでぶつけてみようね!」
「あああー。見える見える見える見える見える。ぱっくり開いてますね。まるでミル貝のように、赤貝のように、ああ、見える見える見える見える。ファーンタスティックだ」
気恥ずかしくなるような英単語を駆使しながらみずから男優として出演しだした村西監督を、当初、評論家は監督と呼称するのもおこがましいと、村西社長と呼び、からかいの対象にした。
だが、そのうち、この奇妙な台詞(せりふ)を味わいたくて、村西中毒とでもいうべき男たちが増殖し、横浜国立大学在籍中の女子大生、黒木香との共演作「SMぽいの好き」が話題をさらうと、村西とおるはAVの帝王と呼ばれるに至る。
一時は沙羅樹(さらいつき)、田中露央沙(ろおさ)、卑弥呼、乃木真梨子といった美貌の専属女優をかしずかせ、ダイヤモンド映像グループを牽引するものの、放漫経営がたたり、王国は倒壊、村西監督は無一文どころか今度は50億円の借金を背負い、どん底にたたき落とされる。
会長が村西とおるとなって天下を取りながらも敗れ去っていく過程を描いたのが『裏本時代』の続編『AV時代』(幻冬舎アウトロー文庫)であった。
物語が生まれにくいと言われる現代にあって、男女の生(なま)の姿が映し出されるAVは、多くの文化人・知識人が関心をもつ新たなジャンルとなった。
私の身の上に降りかかり、片足を突っ込んできた物語は、これで完結したと思っていた。
だが、物語はつづいていた。
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