大学時代に知り合った長髪の青年ディレクターが、後に数々の伝説的番組を制作するようになり、私はしばしば彼と公私に渡り、つきあってきた。
彼――伊藤輝夫、またの名をテリー伊藤と名乗る。
テリー伊藤の部下に高橋雅也という好青年がいた。
腕の立つディレクターとして活躍してきた高橋雅也は、バブル期に青年実業家を目指したものの、2度会社を潰し、カネを借りていた師匠のテリー伊藤から借金棒引きの条件で、テリー伊藤プロデュースの中目黒にある中華料理店「カオキン」の雇われ店長となった。
私が食事に行くと、いつも蝶ネクタイをした高橋店長を見かけたものだ。
そのころ、テリー伊藤は「ビデオ安売王」という販売用ビデオ専門店の全国チェーン展開を目論む成り上がりの佐藤太治社長に請われ、「安売王」オリジナルビデオのプロデューサーになった。せっかく店長の貫禄がついたのに、高橋雅也はテリー伊藤の指示によって、「安売王」専属のプロデューサーをまかされるようになる。
高橋雅也の気乗りしない態度が、傍目(はため)から見てもよくわかった。しかし、運命は悪戯(いたずら)を好む。
佐藤太治の「安売王」が警察の摘発をきっかけに経営が傾き破綻しかけると、足場を無くした高橋雅也はまた中華料理店にもどるのかと思われたが、時期尚早と言われたセルビデオ供給会社、「ソフト・オン・デマンド」を立ち上げた。
セルビデオの主流はAVである。
AV業界に飛び込んだ中華料理店の雇われ店長は、私にプロデューサー名を考えてくれ、と言うので、私は店の名前から高橋カオキンはどうか、と提案すると、店長はしばらく迷っていたものだ。
高橋がなりというプロデューサー名に決めた雇われ店長は、AVに関して素人同然だった。端整な顔立ちに高身長、統率力のある高橋がなりであったが、24歳まで異性を知らず、AVという存在を否定していた。
だが、苦手なものを仕事にすると、人間は意外な力を発揮するときがある。人見知りの激しかった私が、多くの人物を相手にインタビュアーとしてやってきたように。
高橋がなりもまた、素人だからこそ、エロの概念を覆す企画を相次いで打ち出していった。そのひとつが、登場人物全員が全裸でドラマを演じたり、運動会をおこなったり、避難訓練をする全裸シリーズだった。
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