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猥雑なアダルト業界の裏側にあるドラマを描く

猥雑なアダルト業界の裏側にあるドラマを描く

文:本橋 信宏 (ライター)

『新・AV時代 悩ましき人々の群れ』 (本橋信宏 著)


ジャンル : #ノンフィクション

男女の性交がまったく無いこれらのシリーズは、業界の予測を裏切り、驚異的な売り上げとなった。

  すると、よせばいいのに、儲けた金9千万円をすべて注ぎ込み、地上20メートルの高さまで透明のアクリルボードをクレーン車で吊り上げ、ボードの上に男女が乗っかり、セックスをしながら勝敗を競う、というとんでもない大バカ企画「地上20メートル空中ファック」をサファリパークで敢行する。

「おれたちテレビ屋は感性、技能、能力、すべてAVのやつらより優れてます」

  高橋がなりはそう豪語した。

  そして、男優が女優のギャラの10分の1以下というAV業界に対して、今度の作品は男優が主役になるものだと、男優たちを叱咤した。だが、対する男優たちは、冷ややかだった。

  AV撮影の決まり事として、撮影前と後に出演者は必ずシャワーを浴びるのがマナーであるが、高橋がなりたち制作陣はそのマナーすらわからない。テレビではリハーサルは欠かせない。高橋がなりが自分たちのやり方で、男優たちにリハを指示すると、男優たちは拒否した。男優たちにとって、肝心なのは性交することであり、リハーサルは性交に至るための劣情を削ぐ行為でしかなかった。

  テレビ屋とAV野郎たちの意地と意地の張り合い。

  総予算9千万円をかけた壮大なスペクタクルは、撮影直前までもめにもめ、決裂寸前であった。

  雇われ店長がいかにして若者たちのカリスマ、高橋がなりになったのか。その過程をつぶさに目撃してきた私は、『AV時代』で幕を閉じたはずのノンフィクションノベルをもう一度、書こうと思った。

  スピンオフ作品として、本書にはいくつものドラマを綴った。

  村西監督と乃木真梨子夫妻のあいだに生まれた一粒種の男子が、お受験界最難関の私立小学校に合格した感動的な舞台裏。

  田中角栄元総理の愛人、辻和子の甥が大学卒業後、ポルノ男優となったとき、闇将軍が励ました至言。

  アル中で再起不能と烙印を押された私の友人が、出版界のM&A王として億万長者になった奇跡。

  いくつもの物語は空中ファックを頂点にして、登り詰めていく。

  あの日、青空に高く上がったアクリルボード上の男女を見上げながら、私はふと思った。

  青空を見上げる人間に絶望は訪れるだろうか。

  通り一遍の客ではなく、渦中にいた当事者として書き記したという自負もある。

  シリーズは終わっていなかった。

  メインカルチャーの総本山たる文藝春秋から、ジャンクカルチャーの代表格とも言えるAVの物語を書き下ろしたことで、私の宇宙の争闘はやっと幕を閉じたのである。

単行本
悩ましき人々の群れ
新・AV時代
本橋信宏

定価:1,676円(税込)発売日:2010年06月25日

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