書評

団塊世代の生きざまを明るみに出す
濃密な人間ドラマ

文: 香山 二三郎 (コラムニスト)

『衆 1968 夏』 (堂場瞬一 著)

 だが麗山事件を契機に運動から脱落するや、彼はさっさと街を逃げ出し、東京で新たな道を見出した。麗山市議会の七〇歳議員・牧田にいわせれば、「勢いだけで突っ走って、結果がどうあろうがそれは気にしないっていうかさ。子どもが玩具(おもちゃ)で遊んでるようなもので、遊んでる間は夢中なんだけど、絶対に玩具を片付けない」迷惑千万な輩ということになる。実際には鹿野はもうちょい複雑で、事件を放り投げたことに引け目を抱き、事件の真相にもこだわり続けていたのだが、教え子の石川からすると、昔から自信たっぷりで箴言めいた台詞を吐く癖があって、学生同士の討論に割り込み独演を始める独善的な面も持っていた。二律背反的というか、確かに厄介なキャラクターというべきか。

 著者はそんな鹿野の捜査ぶりと、自分と同世代の石川の章とを交互に描き出すことで事件の真相をあぶり出していく。鹿野は当時の学生仲間や元警察官等に聞き込みに回り、石川は石川で麻薬事件の調査で私立探偵を雇って実川の動きを見張るといった塩梅で、やがて鹿野との関係も浮かび上がってくるが、特に驚愕の演出が凝らされているわけではなく、ミステリーとしてはオーソドックスな展開といえよう。著者自身、「書いた本人としては、ミステリだという意識は薄い。これは、新人類世代が、団塊の世代をどう見ているかを、様々な角度から語る物語なのである」(「本の話」二〇一二年六月号)と述べているように、本書の読みどころは、麗山事件の顛末それ自体よりも、事件に関わった様々な人々の個々の生きざまが明るみに出されるところにある。

 団塊の世代や全共闘運動を題材に描いた作品は同世代の作家よりも、むしろ後の世代の作家に多いのではないか。野沢尚『反乱のボヤージュ』や楡周平『宿命 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京』等はほんの一例。世代間の対立劇があれば、波乱万丈の出世劇もありといった具合にその中身も多彩だが、全共闘運動に身を投じた人や彼らの輝いていた時代にはそれだけ興味深い題材が潜んでいるということなのだろう。してみると「この小説を書くまで、団塊の世代の頭の中は、まったく理解不能でしたし、書き終えた今も、実は分かっていないと思います。ただ、理解したいという思いが、一冊の小説を書かせたのは事実。難しいテーマを選んだことで、作家としての視野が広がり、これから書き続けていく上での貴重な糧になりましたね」(「オール讀物」二〇一二年六月号)と著者が執筆動機を語る本書はひと際異彩を放つ一冊といえようか。

 ちなみに著者は本書ののち、政治家と小説家というふたりの男の軌跡を通してバブル期以後の時代像をとらえた『解』(集英社)や、バブル前夜にある社会情報研究所に就職した学生の運命を描いたピカレスクロマンの『グレイ』(同)等の単行本作品を刊行している。堂場瞬一といえば、本文庫収録の『アナザーフェイス』を始めとする警察小説の旗手であるが、濃密な人間ドラマを通して現代という時代相を浮き彫りにしてみせるノンシリーズもののドラマにもぜひご注目いただきたい。

衆 1968 夏
堂場瞬一・著

定価:本体630円+税 発売日:2015年07月10日

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