書評

自然の織りなす物語

文: 中江 有里 (女優・作家・エッセイスト)

『夜明け前に会いたい』 (唯川恵 著)

 人間は自然の一部だが、人間の心の動きも自然そのものだ。突然の天災や気象などにより、自然は大きく変化する。恋は人の心に大きく作用する。

 恋による幸福は高まるほどに、その高みから落ちるダメージが大きい。希和子はふいに幸福の絶頂から絶望へと突き落とされてしまう。彼女がつかんだ幸福に心温められていた読者も、いきなり吹雪の中に放り出されたような気分になるかもしれない。でもこれもまぎれもない自然現象だ。

 人の心は常に動き、立ち止まることはない。その動きこそが生きている証で、死ぬまで続く。恋愛も仕事も、心が動いてはじめて生きているという実感を覚える。

 心に年齢は関係ない。希和子の母・道江は、芸妓時代に希和子の父と出会い、一人で希和子を産んだ。古いしきたりが残る街で結婚もせず、子どもを産み育てることへの周囲の偏見、過酷さは計り知れない。自らは芸妓から身を引き、希和子が成人しても心の中にあるのは、かつて愛した人のことではないか、と思う。道江が何も言わず夜が明けるまで三味線を弾き続けている場面では、若い頃のように道江の心が激しく動いているのが見えた気がした。

 ところで本作は、実は二十年以上前に書かれた小説である。しきたりや風習というようなものは土地柄として存在するが、『夜明け前に会いたい』には不思議と古さや違和感がない。なぜなら時代の違いであっても、心の中に生きる価値観や信じる対象は、それほど変わらないし、人の心は普遍的なものだから。

 自分の思う正義、罪、喜び、悲しみ、人が心の奥に秘めた感情は、時代がどれほど変わっても変わらない。それは古今東西の小説を読めばわかることだ。

 今見ると驚くような、時代特有の差別や価値観に苦しむ人々の感情、それらはどれも本物だ。苦しみの原因は違っても、感情そのものは変わらない。本書が古びないのは、描かれる人間の感情が“自然”だからだろう。

 希和子も、俊市も、幼なじみの恒も、若き芸妓のみづ枝も、しきたりや価値観の傘の下にいながら、その傘から出て行こうとする。若い世代にとってごく当たり前の反応として、応援したくなる。

 金沢の自然の美しさ、豊かさ、そしてそこに生きる人々の懸命さ、さまざまな色で織りなされた物語に、いつのまにかその中の一色となり、入り込んでしまったようだ。読書中、この街の住民になり、長い冬を耐え、自然の一部として生きていた。

夜明け前に会いたい
唯川恵・著

定価:本体610円+税 発売日:2015年06月10日

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