戦後しばらくの間、ドイツに渡った日本人は「次はイタリア抜きでやろうじゃないか」と冗談まじりに話しかけられるという風聞があった。
「第二次大戦は、三国枢軸の一角イタリア軍が足を引っ張ったために敗北した。ドイツと日本だけで戦っていたら勝っていたのだ」という負け惜しみだが、敗戦国となった日独の絆と友情を物語る逸話として長く伝えられていたと思う。
戦後間もない頃、物資の買い付けのために渡欧した日本の商社マンらと、戦災の瓦礫の中からの復興を目指すドイツ人らとは確かに意気投合しやすかったであろう。互いの苦労をいたわり合う中で、ドイツ人から「次はイタリア抜きでやろう」という言葉をかけられた日本人は少なくなかったようだ。
著者は一九九〇年のドイツ統一の年の夏から時事通信のハンブルク、ベルリン特派員としてかの地で報道の任に当たっていたが、しかし残念ながらというべきか、ドイツ人の口からその言葉が発せられるのを耳にしたことはなかった。
当時は終戦から四十数年たっていた。旧同盟国同士という絆も色あせてきたのだろうかという素朴な疑問を時事通信発行の国際情勢専門誌『世界週報』のコラムに書こうと思い立ち、まず知人のドイツ人学生に聞いてみたところ、次のような返事が返ってきた。
「われわれは戦後、ナチスを否定することに全力を挙げてきたんですよ。そのナチスの同盟国だった日本と組んで、今度はイタリア抜きで戦争を仕掛けようなんて、冗談にしても悪趣味すぎますよ」
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まだ日本にバブル景気の余熱が残っていた一九九〇年代前半、ドイツの対日観は著しく悪化していた。日本人はカネに物を言わせて世界の富を買い漁り、熱帯雨林などの世界の自然環境を破壊し、クジラを殺す貪欲で危険な集団だというイメージが拡散していた。
メディアの論調はそのころから反日的だった。
重い「統一コスト」に喘ぎ始めていたドイツのコール政権は、旧東ドイツ地域に投資してほしいと日本側に働きかけていたが、めぼしい旧国営企業は大半が欧州勢に先取りされていて、日本企業が食指を動かすような有望な投資案件はほとんど見当たらなくなっていた。しかし、コール政権からは「日本は助けてくれない」という不満が漏れるようになっていた。
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