書評

「欧州におけるドイツ」は、「アジアにおける中国」か?

文: 文春新書編集部

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』 (エマニュエル・トッド 著/堀茂樹 訳)

「日本語に訳せば、日本の読者と日本の外交にもきっと役立つだろうと思い、ドイツ=ヨーロッパとアメリカについて述べた長いインタビューを送ります。末尾で日本についても言及しています」

 このメールをエマニュエル・トッド氏から編集部が受け取ったのは、二〇一四年九月のこと。本書収録の「1 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る」がその翻訳である。これに加え、フランスの新聞・雑誌・インターネットサイトに掲載されたロシア、ウクライナ、ユーロなどをテーマにしたトッド氏のインタビュー記事を収録したのが本書である。

 最も重要な主題はドイツだが、「日本の読者にきっと役立つ」とトッド氏自身が述べているように、「『ドイツというシステム』は驚異的なエネルギーを生み出し得るのだということを認める必要がある。歴史家として、また人類学者として、私は同じことを日本についても、(略)言うことができる」(三〇頁)などと、随所に直接、日本への言及がある。

 同じ直系家族構造(長子相続と不平等な兄弟関係が特徴)のドイツと日本の比較もある。

「日本社会とドイツ社会は、元来の家族構造も似ており、経済面でも非常に類似しています。産業力が逞しく、貿易収支が黒字だということですね。差異もあります」(一五七頁)

「〔ドイツの〕輸出力が途轍もないとはいえ、技術の面で、たとえば日本のレベルには遠く及ばない」(二一三頁)

「日本の文化が他人を傷つけないようにする、遠慮するという願望に取り憑かれているのに対し、ドイツ文化はむき出しの率直さを価値付けます」(一五七頁)

エマニュエル・トッド
Emmanuel Todd 1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論により、『最後の転落』(76年)で「ソ連崩壊」を、『帝国以後』(2002年)で「米国発の金融危機」を、『文明の接近』(07年、共著)で「アラブの春」を次々に“予言”。『デモクラシー以後』(08年)では、「自由貿易が民主主義を滅ぼしうる」と指摘。

「最近日本へ行き、津波で荒らされた地域を訪れた(略)。日本人の伝統的社会文化の中心を成すさまざまなグループ──共同体、会社など──の間の水平の連帯関係が、事態に対応できなくなった政治制度に代わって、地域の再建・復興を支えていたのです。ドイツに比べ、日本では権威がより分散的で、つねに垂直的であるとは限らず、より慇懃でもあります」(一六一頁)

 さらに、「現在起こっている〔ウクライナでの〕衝突が日本のロシアとの接近を停止させている。ところが、エネルギー的、軍事的観点から見て、日本にとってロシアとの接近はまったく論理的なのであって、安倍首相が選択した新たな政治方針の重要な要素でもある」(七一頁)と、日本の外交についての、より踏み込んだ具体的な指摘もある。

 まずは本書のこういった点が日本の読者の関心を惹くだろう。

 しかし、本書の主題は何と言っても、冷戦終結後のドイツの擡頭が招きよせるヨーロッパの危機である。通常、ドイツに比せられるのは日本である。トッド氏も、同じ家族構造のドイツと日本の文化や経済システムの類似性を指摘しているのは、上に見た通りである。だが、地域の安全保障の問題として考えた場合、ドイツに比せられるのは、日本であるよりも、アジアにおける中国なのかもしれない。

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「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告
エマニュエル・トッド・著/堀茂樹・訳

定価:本体800円+税 発売日:2015年05月20日

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