映像化不可能と言われたミステリー『イニシエーション・ラブ』が映画化され、23日公開された。松田翔太、前田敦子、木村文乃らが、80年代のラブストーリーを演じている。
原作は、150万部を超えるベストセラー(文春文庫)。物語の舞台は静岡市。著者の乾くるみさんが、静岡市出身、静岡大学理学部卒とあって、小説のなかには静岡市の地名や施設名がふんだんに登場する。そこで今回、地元の書店員、戸田書店静岡本店の高木久直さん、松本玲子さんに案内していただきながら、小説の舞台となった場所、映画のロケに使われた場所を巡ってみた。
映画のロケ地については、最終ページでまとめてご紹介します。
合コンで出会い、夏の海へドライブ
物語は、前半がさえない大学生の鈴木が人数あわせで呼ばれた合コンで歯科衛生士のマユと知り合い、恋に落ちていくside-A。後半が東京で働くことになった鈴木が静岡のマユと遠距離恋愛を続けるside-Bと、大きく2つに分かれている。レコードやカセットテープを知らない世代には、A面、B面と言われても何のことか分らないかもしれないが、物語はこうした80年代の雰囲気をたっぷり再現しているので楽しんで欲しい。
まずは「静波海岸」(牧之原市)からスタートしてみよう。合コンから1週間後、鈴木のもとに友人の望月から電話がかかってくる。
「だったらさー、海行かねえ? 何かこの間のメンツで静波(しずなみ)に行こうって話が出てんだけど」(P26~27)
予定日は2週間後の8月2日。この海での再会が、鈴木とマユの距離を縮める。80年代、若者の夏といえば、車で海は定番だった。
「静岡の代表的な海水浴場といえば静波ですね」と、静岡市出身の松本さん。夏の海水浴シーズンには海の家が建ち並ぶ。県立自然公園に指定されており、よく晴れた日には砂浜と松林と富士山の組み合わせという絶景が楽しめる。
帰りは国道150号線の途中で「ココス」に寄って食事をした。ココス静波店はまさに150号線沿い(牧之原市静波1701-6)。海水浴場からも徒歩圏内にある。鈴木たちは車数台に分乗して出かけたが、路線バスでも行ける。
なお、映画のロケは熱海市の海水浴場「うみえ~る長浜」で行なわれている。
ちょっとサエえない大学生・鈴木の生活圏は?
ちょっとサエない大学生、鈴木のことを知りたくて静岡大学にやってきた。小説の中では大学名は特定されていない。
「静岡市内には他にも県立大学などいくつか大学がありますが、専攻の内容から見て静岡大学と考えていいでしょう」(高木さん)
映画では、鈴木の部屋にかかるカレンダーの文字に静岡大学の文字が見える。
その後、鈴木はマユとの初デートにこぎつける。約束の日は8月14日金曜日。お盆の最中だが、どちらも実家に帰る予定はなかったらしい。
水曜日は大学の図書館に行って暇を潰し、木曜日にはまたバイトをこなして、そして金曜日の当日になり、日中は読書で時間を潰そうと思ったが、少し読んでは本を閉じ、意味もなく部屋の中を歩き回っては、また座って続きを少し読み、といったことを繰り返すばかりで、本の内容はなかなか頭に入ってこず、落ち着かない気分のまま、長い午後を過ごすことになった。(P50)
と、かなりそわそわした様子。夏休みで授業は無かっただろうに、他に行くところはなかったのか。
静岡大学は静岡市の東部、日本平の丘陵地帯にあり、眺望が素晴らしい。1875年(明治8年)以来の歴史があるが、現在地に移転してきたのは1970年(昭和45年)というから、キャンパスにはまだどこか真新しい雰囲気が残っていたかも知れない。
鈴木は静岡大学に近い、曲金(まがりかね)に住んでいた。辺りには今も、大学生向けの賃貸物件が多くあるようだ。
静岡市内に住んで3年半になるが、市の中心部にある飲食店についてはほとんど何も知らない。
戸田書店の棚にどんな本があるかとか、あるいはプラザよしだ弁当のメニューについてとかならば、相当に詳しいと自信を持って言えるのだが、そんな知識が役に立つとも思えない。(P51)
「ここに出てくる戸田書店は、かつて曲金にあった支店のことだと思います」(高木さん)
「プラザよしだ」弁当が分らなくて困っていたら、Twitterで地元の方が情報を提供してくださった。
「プラザよしださんは当時、写真真ん中辺りに映っているビルの駐輪場あたりにありました。そのビルが戸田書店で本屋の帰りに私は小学生くらいでしたが焼肉弁当が美味しくてよく親に買ってとねだった記憶があります」
地元でも人気のお店だったようだ。なお、現在その近くにはTSUTAYA静岡曲金店があるが書籍の販売は行なっていない。
初デートでマユからファッションについてアドバイスされた鈴木は、翌日すぐに実行に移す。50ccバイクの「ジョグ」を飛ばして「流通通り」(静岡鉄道古庄駅近く)の「メガネスーパー」でコンタクトレンズを購入。「トシ・ゴトー」でスーツなどを購入。さらには、マユから「鈴木さんって、免許は持ってないんですか?」と聞かれたので、柚木(ゆのき)にある自動車学校に寄ってパンフレットを貰う。
僕にしては珍しいほど精力的に動き回ったなあという実感があった。(P68)
鈴木が住んでいた曲金の最寄り駅、静岡鉄道柚木駅を越えて北側に歩くとすぐに、静岡県自動車学校がある。鈴木は入学手続を済ませたその日に初教習を受けるほどの前のめり具合。
マユの家は静岡の中心地から徒歩圏内にあった
さて、一方のマユは「一番町」の歯科医院に勤める歯科衛生士。
「一番町は駿府城から徒歩で20分くらい。静岡の街の中心部からちょっとだけ離れた住宅街です。通勤にも便利でマンションや公園もあり、80年代は子どもがたくさんいましたね。一番町に秋山歯科医院があるかネットで調べたけど見つかりませんでした」(松本さん)
マユの実家は静岡市西部の「丸子(まりこ)」にあるが、通勤には遠いので「住吉町」の白い4階建てのハイツに住んでいる。「本通り」と「安西通り」の間あたりと、かなり特定されている。
勤務先の一番町と自宅のある住吉町は隣り町だから、通勤は徒歩で数分だっただろう。呉服町通りの商店街、遊歩道が整備されたあおい通りから1キロ程度しか離れていない。中心街の喧噪を離れた、ちょっと落ち着いた街並みだ。
児童公園のそばには、昔懐かしい駄菓子屋があり、静岡市民のソウルフード、静岡おでんも売っていた。
「静岡市内のあちこちに、おでんを食べさせる店があります。気軽に食べられるおやつ感覚です」(松本さん)