インタビューほか

『137億年の物語』著者が教える わが子を勉強好きにさせる方法

岡ノ谷 一夫 (東京大学教授)

『137億年の物語』(クリストファー・ロイド 著)

科学書でもなければ歴史書でもない分厚い本がベストセラーとなった。『137億年の物語』(小社刊)は、宇宙誕生から現在までの歴史を、文系と理系の双方の視点から考察した異色の作品だ。本書に込められた教育の本質とは? 著者のロイド氏に気鋭の脳科学者が聞いた。

岡ノ谷一夫
1959年生まれ。慶応大学文学部卒業後、米国メリーランド大学大学院で博士号取得。千葉大、理化学研究所等を経て現職。

岡ノ谷 しかしながら、ロイドさんのお話は、現在の教育システムがもつ欠陥を、非常にわかりやすく明示していると思います。文系、理系といった区分けや、あるいは狭い専門分野ごとに知識を細切れにして教育することで、子供たちの学問への興味を喪失させ、将来性を著しく狭めていると感じてなりません。

 じつは私も、もともとは理系に進みたいと思っていたのですが、ある理由で文系への進路変更を余儀なくされた経緯があるのです。

ロイド なぜですか?

岡ノ谷 私は子供の頃から動物学者になりたいと思っていました。しかし、生まれつき色弱だったため、その道が閉ざされます。当時の日本では、「色弱だと化学反応の色を見分けられないから、理系に進学できない」と言われていたのです。それは全くのでたらめなんですが。

 あと、これは他人のせいではありませんが、数学があまりできなかった(笑)。日本の大学受験の場合、数学ができないと、理系に合格するのは絶望的なんです。

 そこで仕方なく私立文系に転じたのですが、文系でも動物の研究ができるところはないかと、懸命に探しました。その結果、心理学科なら動物行動科学や認知科学の研究ができることがわかり、慶応大学文学部の心理学科に進んだのです。

 いざ入ってみれば、研究はなかなか面白かった。しかし当初は「自分は理系の研究をやりたいのに、なぜこんなところにいるんだろう?」という違和感や劣等感に苦しみました。

文系、理系の区別の弊害

ロイド それは大変でしたね。日本ほどではありませんが、イギリスでも同じような専門分野の壁はあります。しかし、岡ノ谷さんはそこから理系の大学教授にまでなった。

岡ノ谷 大学の卒業研究は、「カナリアは音を聞き分けられるか」というテーマでした。いくつかの実験によって、カナリアが短調と長調を聞き分けられることを実証したのです。

 その研究が認められ、卒業後はアメリカの大学院に進学しました。

 ところが、アメリカに行ってみると、私の研究は脳神経科学プログラムの一部でした。日本では普通、医学部や理学部生物学科に所属してないとさせてもらえない研究です。そこで初めて、「これでやっと自分がやりたかったことができる」と思えました。

 もしあのまま日本にいたら、きっと自分は腐っていたでしょう。

ロイド 私は岡ノ谷さんの著書『言葉はなぜ生まれたのか』(小社刊)を興味深く読みました。

 さまざまな動物がいる中で、なぜヒトだけが「言葉」を話すようになったのか?これは未解決の難問です。

岡ノ谷 『137億年の物語』の中でも、6番目の未解決事件としてランクインしていますね。

ロイド その難問を解く手掛かりとして、岡ノ谷さんは鳥の歌に注目しています。これが斬新で面白い。

岡ノ谷 私はジュウシマツがさえずる歌を解析し、ジュウシマツの歌には複雑な「文法」があることを明らかにしました。また、アフリカの地中に住むハダカデバネズミは、仲間同士で上下関係があり、下っ端ほど上役に多く「あいさつ」の鳴き声を発することも発見しました。

ロイド そして、これらの動物の事例から、岡ノ谷さんは「ヒトの祖先は、歌をうたうサルだった」という驚くべき仮説を導かれました。これは非常に説得力のある仮説で、世界の学会でも注目されていると聞いています。

 なぜ岡ノ谷さんは、「言葉はなぜ生まれたのか?」という難問を研究テーマに選んだのですか?

岡ノ谷 私は子供の頃から生き物を飼うのが好きで、ヤドカリからヤギに至るまで、さまざまな生き物を飼っていました。

 ある時、飼っていたハムスターが事故に遭い、 死の重傷を負ってしまいました。私がハムスターに声をかけると、かすかに返事をしてくれたような気がしたのです。

ロイド それは同感ですね。私も犬を飼っていますが、下らない人間よりもよっぽど私の気持ちをわかってくれるような気がする(笑)。

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137億年の物語

クリストファー・ロイド・著  野中香方子・訳

定価:3140円(税込) 発売日:2012年09月08日

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