「いままでの主人公とは異なり、王道のヒーロー的な、初めて主人公らしい主人公を書いたのかも」と笑いながら語るのは、岩井三四二さん。
『光秀曜変』『三成の不思議なる条々』など、戦国時代を中心に描いてきた著者の新作は、実在の医師・曲直瀬道三(まなせどうさん)の弟子・英俊(えいしゅん)の物語だ。
「曲直瀬道三は京都の医師で、当時としては最先端である李朱医学を修めた、当代の一人者でした。秀吉や、中国地方へ出向いて毛利元就も診た時の様子を『雲陣夜話』という本に残しているほど著作の多い人。その中では『師語録』を一番参考にしました」
タイトルの『情け深くあれ』も、道三が医師の心構えを示した、道三流“ヒポクラテスの誓い”とでも呼ぶべき『医則57箇条』の最初にある“慈仁”からとったものだ。
僧形で大柄、目つきも鋭く、剣術も強いゆえ、「比叡山の荒法師」と、兄弟子に囃される男・英俊は、もとは丹波の武士。10年近く前、幼馴染みの菊と祝言の直前に、親しいはずの両家が、討ち合いとなり、菊は行方知れず。父の死の真相も闇に葬られたままとなる。やがて、刀を捨て、医師となった英俊だったが、頭の隅にあるのは、常に父の死と菊のこと。そんなある日、英俊は、中風の患者の武士のもとへ代診に出かけると、患者を連行しようとする一団と出逢う。その頭領こそ、明智光秀。英俊の物おじせぬ見事なとりなしを見た光秀に、英俊は「家来にならぬか」と誘われるが……。
「光秀は『光秀曜変』などでも書いていたので、その光秀のイメージをもう少し使ってみたかったこともあり、英俊も、京と近く光秀とゆかりの深い丹波の出身という設定にしました」
英俊は、権力者となる光秀に翻弄されながらも、医師として患者を診ることで人を見る術を学んでゆく。ほぼ、知られていない当時の診療の様子も見事に描かれているのはさすがの一言。まさに戦国版「医療小説」なのだ。
「最初は、医師の戦国版“お仕事小説”を書きたかったのですが、当時の医療技術では患者が劇的に回復しないので、医療シーンだけでは、ドラマチックにならない(笑)。そこで、成長小説としての側面も加え、いわば“戦国時代の人情もの”になりました。この時代は、英雄ばかりが主役になりがちなので、“戦国時代の人情もの”も、人気のジャンルになればいいのですが」
ラストには、父の死にまつわる意外な真相も解き明かされ、ミステリー的要素も。戦国の時代を得意とし、資料を渉猟しつくした著者だからこそ描けた、独自性に溢れる時代小説である。
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