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女優という終わりなき物語を語る

女優という終わりなき物語を語る

四方田 犬彦 (映画史家・明治学院大学教授)

『女優 岡田茉莉子』 (岡田茉莉子 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #ノンフィクション

●謎の写真が解き明かされる

── もうひとつ思いましたのは、往年の岡田さんのファンがこの本を手にとって読みだしたら、すぐに泣いてしまうかもしれない(笑)。最初に、たとえば白い和紙のかかっている写真立てがあって「誰の写真だろう」と思いながらもけっして見ようとしない女の子がいる。小学校で「お父さんの名前は?」と言われて、「知りません」と言う。ずうっと岡田さんの映画を見ている人だったら、そこでもう泣くと思います。そのあとは泣きっぱなしだと思う。つまり『秋津温泉』も含めてメロドラマのヒロインをずっと演じてこられたけれども、この書き方の中に非常に魅力的で力強いメロドラマ性があると思うんです。   そして、最後にその写真立ての謎が解けるわけです。これもとても劇的です。長い間の女優としての経験の中で岡田時彦という父親とはすでに向き合っているし、いつのまにか岡田時彦の娘と言われなくなって、いろんな経験の中で謎が解けたときに、実はもう自分の心の中ではその謎は解けていたんだということをお書きになっている。つまり、この大きなメロドラマのうねりと、その中で翻弄されるばかりではなくて、自分の運命を引き受けて、それを乗り越えてつくりあげていく、すごく強い意志を感じました。   その写真で思い出すのが、フランスの美学者のロラン・バルトです。彼が写真について本を書くのです。お母さんが亡くなったときに遺品を整理していたら、少女時代の写真が出てきた。それは自分が知らない、母が十八歳ぐらいの写真。母の死に呆然としながらも、この写真について本を書くのです。その写真は世界に一枚しかない写真。母がずっと引出しに仕舞い込んでいた写真。そこにこそ、人間にとっての写真とか映像に関するいちばん大切なことがあるんじゃないかと。同じことが、白い和紙に覆われた写真にもいえると思います。    ところで、ご本のカバーは『秋津温泉』のカットですが、どのような思いでこの写真をお選びになったのですか?

岡田  いろんな思いがこのカットには入っています。陰(かげ)があると思いませんか?  これは『秋津温泉』のときの新子ですけれども、この羽織は、私が愛用していたもので、毬(まり)の刺繍があるでしょ、百本記念映画ですので是非着たかったのです。『秋津温泉』のヨーロッパ版のポスターが、この写真なんです。『AKITSU』と横文字が入って。この写真は日本だけじゃなく、世界でも、岡田茉莉子という女優を感じるものとして使われていたような気がします。正面でないところがいいと思う。横顔がいいんじゃないですか。ちょっと控えめで(笑)。あのね、映画で育っちゃいましたでしょ。映画というのは絶対に横顔が綺麗じゃないとだめなんです。ラブシーンでも、ふたりの横顔が綺麗じゃないとだめでしょ。横顔といっても、右と左と全然違いますしね。

女優 岡田茉莉子
岡田 茉莉子・著

定価:3000円(税込) 発売日:2009年10月30日

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