少女の成長記であるとともに、やはり特筆すべきはこの一冊が、北関東の二十世紀前期の、民俗学的記録であることは、最初にも記した。一読者として、季節ごとの行事と多彩な食べ物の描写には、たいへん惹きつけられる。
私たちは、コンビニとファストフードのある二十一世紀に生きていて、もちろんもっと丁寧で手の込んだ「本場仕込み」だったりするフレンチとかイタリアンばかりでなく、世界の料理をレストランで味わえるような時代に突入している。それでも物足りなければ、海外旅行をして食べてくることもできる。スーパーで扱う食材も、バラエティに富んでいて、日本の食生活は豊かになったとも言えそうではある。
けれども、何度読み返しても私の心をとらえるのは、テイが食べていた、そして心待ちにしていた、ごちそうやお菓子の数々なのだ。
汽車のかまたきの小父さんが投げてくれるキャラメル、紀元節の日の丸のお菓子、初めて食べたカステーラ、お彼岸のぼた餅と草餅、「お湿りの祝い」の水まんじゅう。テイの記憶の中の甘いものは、ほんとうに美味しそうだ。
田植えの日のお昼ごはんは、ちなみにこんな感じ。
「梅干しのほかに生味噌をぬった味噌にぎりもある。三角形にキッチリと握られたおにぎりはこの日は白米ばかりで、ツヤツヤと光っている。/お菜(かず)の重箱はゴボウとニンジンの煮しめである。竹皮の包みは何種類もの漬物だ。たくあんの他に、ショウガやナス、大根の味噌漬けがある。サケの塩びきがつく日もあった。/でも、なんといっても、ぬか漬けがいちばん喜ばれた。一人一人にキュウリ一本、ナスも丸ごと一個ある。前の日に畑からナスとキュウリを籠いっぱいとってきて……」
お米も野菜もとうぜん無農薬だし、どんなにか美味しいことだろう。そして、田植えが終わったあとの、サナブリと呼ばれるお祝いのごちそう。
「まぜ御飯はハスやニンジン、ゴボウに油揚げを炊きこんである。さらに畑からインゲンやナスをとってきて天ぷらを揚げる。ぼた餅もつくって、これはまず仏壇のご先祖さまに供えた」
テイの食べていたものでいちばん心惹かれるのは、コウシン様のごちそうだ。コウシン様に「みなさま」でよばれて座敷のお膳につくと、そこには「ゴボウ、ニンジン、里イモの煮付けの上に、冬布団のような厚い油揚げがまるまる一枚、被さっている。豆腐屋に前々から注文しておき、今日はお金をかけましたよ、と分かるように、ゴマまでふりかけた極上の油揚げだ。甘く煮つけてあるので、これが何よりの楽しみである」。これに、「白米の御飯(オマンマ)が湯気を立てて光っている」「他にけんちん汁もついてくる」。ああぜひとも、コウシン様によばれたいものだ。
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