書評

のんびり行くのも悪くない

文: 酒井 充子 (映画監督)

『のろのろ歩け』 (中島京子 著)

 どこかほかの国、ほかの場所へ行ってみようか。「のろのろ歩け」は、人をそんな気持ちにさせる。

 中島京子さんによると「タイトルの由来は、中国語のあいさつ『慢慢走』の直訳的誤訳」だそうだ。なんて素敵な誤訳だろう。「のろのろ歩け」。この言葉は、三人の主人公たちと同時に、読者にも向けられていると感じるのは、きっとわたしだけではないだろう。

 三者三様の女性たちがそれぞれ、アジアの街にやってきた。文房具メーカーに勤める大学卒業二年目の美雨は台湾に、ファッション雑誌の編集経験十年、バリバリの編集者、夏美は北京へ。そして、派遣スタッフだった亜矢子は、仕事を辞めて夫の駐在地である上海へ。三人が、それぞれの旅先あるいは滞在先で出会う人たち、小さな出来事によって、ほんの少しだけ変身する。

「天燈幸福」の美雨は「台湾のおじさん」を探しにきた。母の一周忌を終え、二年暮らした彼と別れ、どこかへ旅をしたくなったとき、亡くなった母の「美雨には台湾に三人のおじさんがいるのよ」という言葉を思い出したのだ。

 三人のおじさんのひとり、林百福氏はいわゆる日本語世代がモデルとなっている。台湾が日本統治下にあった(一八九五年~一九四五年)とき、台湾で日本語教育を受けた人たちで、わたし自身、ドキュメンタリー映画の取材でこれまでにたくさんの日本語世代に会った。彼らは林百福氏が言うように「ときどき、集まって日本語を話し」、「あにはからんや」「なかりしかば」といった古い日本語を流暢に操り、思い出話に花を咲かせる。そして、美雨のような日本の若者が訪ねていけば、自分の孫のように優しく迎えてくれる。しかし、日本への想いは日本で一般的に言われるような「親日」という言葉ではくくることができない複雑なものだ。

「台湾人はいつも親切しすぎる。台湾人はとても愛情深いのに、日本人はズルい。親切されるだけ。いつもちゃんと応えてくれない」。トニーが、昔付き合っていた日本人の彼女を思い出して語る言葉だが、わたしには、日本語世代のお年寄りが、我々日本人に投げかけている言葉のように思えてならない。

 また、趙先生は「外省人(がいしょうじん)」と言われる人たちのひとりだ。戦後、中国から台湾に移住してきた人たちで、戦前から台湾にいた日本語世代(外省人に対して本省人<ほんしょうじん>という)とは異なる歴史的背景を持つ。このふたつの「人(じん)」の間には、戦後の台湾の歩みの中で深い溝ができ、現在に至っても解消できたとは言えない。ふたつのおじさんをさりげなく登場させるところ、そして、美雨の母、美里を支えたのは、おじさんたちとこの島そのものだとするところに、中島さんの台湾への愛を見る思いがする。

 ちなみに外省人で日本語を話すのは、戦前の中国国民党のエリートに限られたが、趙先生は「語学の才能がある」からペラペラなのだ。

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のろのろ歩け
中島京子・著

定価:本体600円+税 発売日:2015年03月10日

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