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私は人間が好きなんです

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「本の話」編集部

『院長の恋』 (佐藤愛子 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

──野ざらし地蔵を勝手に動かそうとする主人公を叱りつける、凉眞という尼さんが出てきます。

佐藤   あれも私の分身です(笑)

──凉眞尼と対立する生臭住職も登場して、お互いに陰で相手をこきおろすシーンが可笑しくて。

佐藤  途中で主人公の娘夫婦が訪ねてきますが、二人とも教師で、現代人として合理的な発言をします。それで小説に厚みが出た、といった人もいます。

──凉眞尼の脅しに怯える主人公と好対照をなしています。続く「ケヤグの秋」ですが、津軽のリンゴ農家で働く欲のない三郎さん、先生はこの人のこともお好きなんでしょうね。

佐藤  実際にいた人をモデルにしていますから。アイヌの人でね、一緒に酒飲んだりしていました。アルコール中毒で亡くなってしまったんですが、寂しくて、しばらく私の後ろに憑いていたそうです。その頃、ある霊能者から、佐藤さんの後ろに、ハチマキをした漁師のような格好の男の霊が見えるといわれました。霊能者が訊くと、寂しくてたまらないので憑いているといったというんです。そして「帰ります、帰ります」といって、去ったというんですけどね。その時、寂しいのなら、憑いていてもいいのよと私はいいたい気持ちになりましてね、それを、あの小説の最後にもってきたのです。

──特に哀切な一篇ですね。ここでは津軽の男たちの日々の暮らし、喜びや哀しみが津軽弁にのって伝わってきます。先生には「作三の四人の悪妻」という短篇がございますが、そこでも男二人が登場して、しっかり者のほうがぼんやりしている方に女を世話したりしていますね。先生のエッセイには女友達とのやりとりが面白おかしく取り上げられていることが多いですが、小説の中では、男同士の交流を見事に描かれている作品が多いように思います。

佐藤  私にとっては、小説になるような話は、男の人のほうが多いってことですね。女が恋愛に悩むような話は、まったく書けないんですよ。面白く思えないんです。男の人の中に、言うに言えない哀しさみたいな、哀切な感じを私は勝手に持つんですね。女には哀切感というのはないんですよ。どんな話聞いても、ばかばかしいんですよ(笑)。何故でしょうね。自分が女だからかもしれませんね。

──「ケヤグの秋」には夜這いのシーンが出てきますが……。

佐藤  あれは弘前の話で、取材して書きました。

──佐藤紅緑先生は津軽のご出身ですが、先生は青森で過ごされた経験はおありでしょうか。

佐藤  それがないんですよ。

──津軽弁が、この作品の魅力のひとつだと思うのですが。

佐藤  青森は、猥談がとても盛んな土地でしてね。平井信作という人の『津軽艶笑譚』を何度も読みました。

──そうやって津軽弁を会得されたのですか。

佐藤  そうです。また、書き上げた後に、昔「小説宝石」で私の担当だった白石さんという編集者が青森出身なので、手を入れてもらいました。

──最後に、「オール讀物」掲載時の反響が一番大きかったという「沢村校長の晩年」に関しておうかがいします。先生は最近のインタビューで、現代では、自然に老いること、衰えることを周囲が許してくれなくなった。いつまでも「元気で、若々しく」あることを求められて、生きにくいことこのうえない、という主旨のことをおっしゃっていました。もしかして、その憤懣がこの作品のテーマでしょうか。

佐藤  いや、そんなことを声高に叫んでいる話ではありません。ただ、途方に暮れているだけなんです。

──悠々自適に過ごすはずだった定年後のやもめ生活に、善意の他人に土足で踏み込まれる、という元校長の悲劇です。

佐藤  彼が日記に「世に憎むべきは善意である」「悪意には立ち向いようがある。しかし底ヌケの善意には立ち向いようがない」と記したように、最後は鈍感が勝つ、ということですわ。この小説でこだわって書いた細かい描写がありましてね、それは鶯(うぐいす)の声に耳を傾けていたのを邪魔された主人公が、怒りを面に表わさずに、黙って茶の間へ行って血圧を計るところ。そこのところで爆笑した、という葉書をくださった元小説誌の編集長がいて、嬉しかったですね。

──「オール讀物」では、引き続き小説をお書きいただきたいと願っております。

佐藤  最近、朝目覚めた時に、書いてみたいなと思うような人や出来事が頭に浮かんできますけど、実際に原稿用紙に向うと書けない。これがきっと私の最後の作品集ですね。村上豊さんの表紙の絵は、「オール讀物」に掲載された時の挿絵で、私がとても気に入って、表紙にしてもらったものです。最後の作品集が素晴しい装幀でこんな嬉しいことはありません。

──そうおっしゃらずに、次回作もぜひお願いします。

文春文庫
院長の恋
佐藤愛子

定価:597円(税込)発売日:2012年03月09日

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