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〈月光院〉の豊かな人物造形と構成の妙――戦後70年の時代小説に足跡を残す傑作

〈月光院〉の豊かな人物造形と構成の妙――戦後70年の時代小説に足跡を残す傑作

文:菊池 仁 (評論家)

『花鳥』 (藤原緋沙子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 女性作家が確かな足跡を記したのは、杉本苑子が『孤愁の岸』で直木賞を受賞した一九六三年である。続いて六五年に永井路子が『炎環』で、安西篤子が『張少子(チャンシャオツ)の話』で第五二回直木賞を受賞。この三人が草分けとなって、その後、有吉佐和子、宮尾登美子といった筆力のある作家が登場し、新たな読者層を獲得していくわけである。

 では女性作家の進出は何をもたらしたのであろう。その答のひとつを『花鳥』に見出すことができる。冒頭で興味深い問題を示唆している、と書いたのはこのことである。本書については後述するとして、まず理由を説明しておく。

 本書は徳川七代将軍家継の生母「月光院」の生涯を描いた作品である。生涯を描いたものとしては初の試みと言っていい。戦後の女性作家の特徴のひとつは、歴史に埋もれていた女性の掘り起こしと、それにどう光を当てるかにあった。

 代表作を列挙すると、永井路子『北条政子』(一九六九)、吉屋信子『徳川の夫人たち』(一九六六)、瀬戸内晴美『祇園女御』(一九六八)、宮尾登美子『天璋院篤姫』(一九八四)、平岩弓枝の大石内蔵助の妻を描いた『花影の花』(一九九〇)等がある。特に杉本苑子は家康の側室お万の方を描いた『長勝院の萩』(『愛憎流転』を改題・一九七二)や『二条院ノ讃岐』(一九八二)で、女性の生涯をレンズとして、複雑な時代相を印画紙に焼き付けるという斬新な手法を開拓している。その杉本苑子に時代をいろどる史上有名なエピソードをからめて、エンターテイメントに徹した『元禄歳時記』(一九七四)という作品がある。六代将軍家宣と新井白石の若き日にスポットを当てた作品だが、その中で綱吉の甥で、のちに六代将軍となった貴公子の左近が、お忍びの形で、江戸の市中に出没したという史実にないエピソードを仕掛けている。そこで出会って恋に落ちる相手がお輝、後の月光院という、離れ技ともいえる手法を使っている。

『花鳥』を読んだ時、真っ先に浮かんだのがこの『元禄歳時記』であった。ところが二〇一一年に諸田玲子の『四十八人目の忠臣』(第一回歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞)が刊行された。なんと驚いたことにヒロインは月光院であった。腰巻のコピーには《愛する磯貝十郎左衛門と浪士たちのため、討ち入りを影から助け、その後、浪士の遺族の赦免、赤穂浅野家再興を目指し、将軍家に近づいた実在の女性。》と記されており、明記されていないのだが、うまい設定である。忠臣蔵という手垢にまみれた題材を、女の情念のすさまじさを極限まで描くことを作家のスタンスとしてきた作者ならではの独創性溢れる解釈と着想で、月光院の生涯を見事に再構築したのである。これも離れ技と言っていい。

『元禄歳時記』を起点に、『花鳥』、『四十八人目の忠臣』へ至る作品系譜は、そのまま戦後の女性作家の特色を物語っている。三者三様の月光院の人物造形は、女性作家の高質さの証明であり、戦後の収穫と断言できる。それは史料の渉猟、読み込みの深さを土台として、独自の解釈と着想で、史実を超えた物語を立ち上げる筆力のことである。

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花鳥
藤原緋沙子・著

定価:本体720円+税 発売日:2015年11月10日

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