2015.06.15 書評

歴史は「眉に唾をつけて」見て聞くべし

文: 半藤 一利

『十二月八日と八月十五日』 (半藤一利 編著)

 いまゲラを読みおえてみて、困惑を隠せない思いでいます。読み返すのもためらわれる過去の拙作と無理矢理に対面させられているような感じなのです。いっぺん世に出た活字は、いくら嫌だからといって本人が勝手に消すことはできない、ということは承知しているものの、やっぱり過去の恥はさっさと消してしまいたいという隠微な欲望が人間にはあるようです。

「はじめに」にも書きましたが、本書は、結局は過去にわたくしが書いた本のいくつかのダイジェストを土台にして、かなり加筆をし、多くの人びとの日記やら回想やらをちりばめてまとめたものであります。もととなった『日本のいちばん長い日』は五十年前、わたくしが三十五歳のときに無我夢中で書いたものです。『聖断』が三十年前、『[真珠湾]の日』が十五年前といずれも老耄した頭にはいったい何を書いたやらと忘れてしまうほどの、年月が経っています。そして《今》の眼でみてみると相当に不満なところもあるし、「なんと拙劣な」と自己批判せねばならぬところもある。といって、流行(はやり)の都合に合わせた“歴史修正”はすべきことではありません。厳然たる“事実”がそこにあるからです。それで、あまり過去の拙作を動かさずに本書をまとめることは、心理的に無残にして無慈悲な作業となりました。

 ところが、編集部の児玉藍さんが艶然と微笑んでいうのです。

「ほんとうに知らないことばかり。菊池寛先生のいう“四分の学芸、六分の面白さ”そのものの本になると思います」

 その言葉に気をとり直し(いや、だまされて)とにかくまとめることができました。ありがとうございました。

 そこでまた、読者の皆さんには、「はじめに」に記したことと同趣旨の言葉をくり返します。原稿の二重売りか、怪しからん、とお叱りをうけることになろうかと思います。それでもう一度、あらためまして低頭してお詫び申しあげる次第です。

 本書にも登場しました文芸評論家の河上徹太郎氏は、開戦の当時は「文學界」の編集長をしていました。その雑誌の新年号の「後記」にこう書いています。

「本号の締切間際になって突如開戦となったので、編集部では大分気遣って奔走したが、大体予定の顔触れが揃って新年同人特集号が出来上った。/覚悟はしていたものの、何しろ相手はなうての大物だから、気になるのは当然だ。(以下略)」

 これで察しがつきますが、たいていの雑誌は原稿の締切りが一両日に迫っているところで、対米英戦争が寝耳に水ではじまったようなのです。つまり、各雑誌の昭和十七年新年号には怱忙の間にあわただしく書かれたものが載り、じっくり落着いたものは二月号に載った、といっていいと思います。したがって大戦争に直面して日本人は何を思いどう考えたかの長いものは、各雑誌とも二月号になっています。本書の「第一話 開戦の日」の知識人たちの思いの多くは、学術論文ではありませんのでいちいち細かく出所は記しませんでしたが、ほぼ各雑誌新年号と二月号に寄せられたもの、ということになります。

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十二月八日と八月十五日
半藤一利・編著

定価:本体540円+税 発売日:2015年06月10日

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