- 2015.09.02
- 書評
ハードボイルドの極み
孤独を愛する“還暦探偵”は進化する
文:香山 二三郎 (コラムニスト)
『探偵・竹花 孤独の絆』 (藤田宜永 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「還暦を迎えた竹花でも、ここでは若い男なのだ」という舞台設定にまず注目。認知症患者を始め、施設には様々な老人が入居していたが、元政治家秘書で豪放磊落な七七歳(板家)と元高校教師で気難しく、脳こうそくが原因で車椅子の生活を送る八〇歳(重宗)という水と油的なコンビの造形がいい。竹花の追跡から浮かび上がってくる老人相手の犯罪像もヒネりが効いているし、事件の収拾の仕方もファンタジックで面白い。そうした物語の行方もさることながら、本篇で注目はやはり、竹花が老後生活の現実を目の当たりにすることだろう。彼の考えは悲観的なわけではない。「どんな最期が望みなのだろうか。竹花は、施設の老人たちを見たことで、初めてそんなことを考えた。おそらく、孤独と静寂の中で消え入るように死んでいくのが一番だろう」。すなわち「孤独死を悲惨なものと一面的に捉える風潮に、竹花は強い違和感を覚えている。日本には、単独者として生き、ひとりで死んでいくことを美としてとらえる文化があったはずだ」と。
シビアといえばシビアな死生観だが、孤独を愛する生きかたもあれば、愛する者との絆を守って最期を迎える生きかたもある。肝心なのは、どちらがいい、ではなく、自分がどちらを選ぶかだ。本篇のラストも明るく締めくくられる。
最後の「命の電話」は、静岡県富士市の自動車部品メーカー社長の娘が家出した事件が一段落したところで、竹花のもとに不可解な電話がかかってくる。男は名を名乗らず、「あなたに電話してみたくなった人間です」という。翌日も同じ男から電話が入り、とりとめのない会話を交わすが、次第に彼は自分の孤独さを訴え始める。竹花は、それは肥大化した家族幻想ゆえだと分析するいっぽうで連日電話をかけてくる男に不安を感じ、会話の内容や背景から聞こえてくる音を頼りに彼の正体探しに乗り出す。
収録作中、謎解き趣向の最も強い一篇。テーマはやはり孤独だが、名無しの電話男を通して訴えられるメッセージもいちばんストレートかも。孤独に打ちひしがれる男と自由気ままなその生きかたを愛する男。ここでも対照的なふたりの生きかたが浮き彫りにされるが、だからといって竹花は自分とタイプの異なる電話男を無下に切り捨てるような真似はしない。彼自らは街にある孤独に身を預けるが、そのいっぽうで孤独を拒む他者に手をのばすことを厭わない。年を取り、人間的にもこなれてきた証しか。なお、作中に出てくる辰野兄妹は『再会の街』に登場する。時系列からすると、この「命の電話」だけは『再会の街』以後の話ということになる。
以上四話、“還暦探偵”竹花の関わった事件の顛末が描かれているが、主人公の年齢の割に悲観的でもなければ暗くもないのは、やはり孤独な生きかたを愛する彼のキャラクター造形ゆえだろう。年齢的にも、生きかた的にも、モデルは著者自身なのであろうが、一見おめでたいその名前とは裏腹に、彼は感情をほとんど表に出さない。ハードボイルド・ファンとしては、各篇に貫かれたそうしたハメット的アプローチ(徹底した客観描写)についても熟読玩味したいところである。
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