2015.09.18 書評

「帰ってきた赤マント」の一日も早い再開を望む

文: 沢野 ひとし (イラストレーター)

『さらば新宿赤マント』 (椎名誠 著)

『さらば新宿赤マント』 (椎名誠 著)

「赤マント」が「週刊文春」に登場したのは平成二年に入ってからである。その後毎週二十三年間、通算一一二六回と連載が続いた。

 平成二年(一九九〇年)といえば、椎名誠も四十代の半ば、最も脂が乗っていた頃だ。「週刊文春」の他に、もう一本の週刊誌。さらに毎日の新聞連載。文芸雑誌の小説が二、三本。それに月刊「本の雑誌」の編集長も務め、多忙をきわめていた。だがとにかく力がみなぎり、体力もあったので、内外の旅に、さらに焚き火と幕営生活を月に一、二回はこなしていた。

 何度も旅に同行したが、あの頃は体中からオーラをストロボのように発してまぶしいくらいであった。どこに行くにも四百字詰め原稿用紙をバッグに入れ、どんな場所でも、児童用の画板の上で原稿用紙を広げていた。

 原稿用紙をとりだし、一瞬宙をにらんだかと思うと、あとは没頭し一気呵成のごとく集中攻撃をかけるように、原稿用紙にモンブランの万年筆を叩きつけていく。二十数年前の椎名誠は、パソコンを持ってはいても、野外では自由に使いこなせなかった。

 作家は原稿用紙に向かうと一切噪音も騒音も耳に入らない。深い沈黙の世界に入る。まるでいたこが乗り移ったかのように紙に文字を認(したた)めていく。

 時の流れは早い。あれもすでに二十数年前になるのか、ある晩秋、岐阜の長良川に十名ほどでカヌーのツーリングへ行った。カヌーイストの野田知佑さんを中心に、怪しい探検隊の残党もまだうろうろしていた。そういえば珍しく、釣りの好きな作家の夢枕獏さんも参加していた。

 河原の幕営はやはり焚き火がたのしい。夕食は寸胴の鍋にキャベツを半分に切り、ベーコン、コンソメと塩、コショウ少々と、簡単な味付けだが、人数が多い時はこれにかぎる。キャベツがとろけるようになるまで、焚き火の前で、和みの時間である。

 都会では無愛想な顔をしている椎名も、焚き火を見つめ、シングルモルト・ウイスキーをシェラカップでチビチビと味わっている。時おり手下が焚き火に小枝を放り込もうとすると「いじるな」と低い唸るような声をあげる。

 焚き火の周りには竹に刺した鮎や岩魚(いわな)が遠火でじっくり焼き上げられている。年齢と共に焚き火も好みが変化してくる。若い時はまるでキャンプファイヤーのように、薪をつみあげ、火のまわりを両手をあげ奇声をあげて踊り狂っていたが、しだいに渋い落ち着いた大人の焚き火になってくる。美しい焚き火は次の朝も燻(いぶ)し銀のごとく光っている。かさねた木は燃えつき、白い灰がほんの少しひっそりと残っている。焚き火も訓練をつみ技術を修得することによって一歩高みに入る。

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さらば新宿赤マント
椎名誠・著

定価:本体770円+税 発売日:2015年09月02日

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