
読者に好きで読んでもらっていい
長嶋 前に親戚のことを小説でモデルにして、名前は1文字だけ変えて、あることないこと書いたんです。それを親戚に告げたら「いいよ、だって小説だろ」とあっさり返されて、僕は感動したんですね。小説っていうのは手段そのものが「嘘」になるんだ、と。
吉村 僕が思うのは、言葉自体は物を正確に伝えることができないということ。我々が出来るのは、正確な角度で指で指し示すことだけですね。長嶋さんは俳句をやってはるけど、俳句はあの短い言葉の中でこの指を作り、読んだらその指の通りに言葉が動いて、確実にそこに当るようにできてるんですよ。
長嶋 いい俳句だったらね。
吉村 『春のお辞儀』いう句集、出されましたけど、これ素晴らしいですね。
長嶋 ありがとうございます。
吉村 「蜘蛛というより蜘蛛の都合をみておりぬ」という句に目が留まったんですけど、僕、蜘蛛大嫌いなんです。
長嶋 小説にはよく出てくるのに?
吉村 嫌いやからこそ出てくるゆうか。蜘蛛って目の前に垂れてくるやないですか。ポーンとやったら、ツーと上に上がってくでしょ。上がっていったあとの糸はどこにいったんですか。
長嶋 どこにいったんでしょうね(笑)。
吉村 足で絡めて食ってるんちゃいます? 元に戻すほうが大変そうでしょ。ここで言いたいのは、人間は蜘蛛が存在するのをそのまま見ることはしてない。フィルターをかけて蜘蛛の都合を推しはかって見てるいうことです。これは、『ボラード病』のなかに出て来る、見たいものしか見ない人々というのと共通してるんです。さすが長嶋さんやなーと。『ボラード病』いうのは、ありのまま生きていてそのまま見ていたら、絶対に起らない物語なんです。
長嶋 萬壱さんはあるインタビューで、「どこの国のいつの時代の人が読んでも、ある程度読めるもの」として書いたけれども、東日本大震災を描いた小説として読まれてもいい、と。
吉村 執筆のきっかけが3・11というのは間違いないですけど、自分としてはもっと普遍的なものを目指したんですよね。長嶋さんの『問いのない答え』はどうですか。
長嶋 あれは震災後にツイッターで言葉遊びをはじめて……何やっているんだアイツ、と思われてたかもしれない中、いやこれは取材でして、と言い張るために書いたんです(笑)。でも津波を第1報の映像で見たときの印象とかは、結局書かなかった。最初に震災を書こうと思ったわりには、震災から遠くにいきましたね。
吉村 『ボラード病』はある読者から、2度読むと印象が一変する言われましたけど、好きに読んでもろうていいんですよ。
長嶋 確かに1度目に気が付かなかったことが、2度目には見えてきたりする。最後に言い残したことはありますか。
吉村 僕の今までの小説は、中学・高校ムリ、なんとか大学の図書館に置けるかないう感じでしたけど、『ボラード病』はエロスやバイオレンスがやや薄まっているんで、幼稚園は無理かもしれんけど、小学校の図書館ぐらいには置けるかな、と(笑)。本を読み始めたばかりのお子さんとか、高校生の姪ごさんとか、かろうじて読めるんじゃないですか。
長嶋 それだけ、今までの小説よりは間口が広い。これで慣れたらあとは『バースト・ゾーン』や『ヤイトスエッド』みたいな、過去のディープな作品も楽しめますね。どんどん〈萬壱病〉にかかってほしい。
吉村 最後に装丁の話をすると、この表紙の写真、格調が高くて、インテリアにもぴったりなんですわ。リボンつけてプレゼントするのにおすすめです(笑)。
長嶋 また是非、東京へトークをしに来てください。

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