きみは赤ちゃん

第2回 つわり

文: 川上 未映子

 けれどもすこしだけ気分のましな日は、あるいは、吐けるものはぜんぶ吐いたあとは、横になったままアイフォンをつるつると操作し、妊娠8週目の赤ちゃん、とか、12週目の赤ちゃん、とか、そのときどきの今にあてはまる画像を検索して、じいっと見てみる、なんてこともあった。いつも小さな驚きがあった。ほかには、つわりで苦しんでいる妊婦さんのブログを読んだりして、みんながんばってるなあと頼もしく感じたり。でも、すがるような思いでいつまでも、何度でも検索していたのは「つわり いつまで」というワード。つわりを終えたみんなが、ほんとうに眩しかった。みな、「霧が晴れるように、ある日、つわりは去っていた」というようなことを書いていて、わたしはそれだけを信じて、ただ横になっていた。この吐き気がある日とつぜん去ってくれるなんて想像もできなかったけれど。「つわり いつまで」というワードを、一日に何度検索したか、これもまたわからない。

 あと、この頃から出産まで、ずうっと頼りにしていた本があって、それは半年まえに妊娠した、おなじ妊婦である親友のミガンがプレゼントしてくれた『お腹の赤ちゃんの成長が毎日わかる! はじめての妊娠・出産 安心マタニティブック』(永岡書店)と言うもの。そのいわゆる「妊娠・虎の巻」には、出産までのおなかの中の赤ん坊の毎日の様子、母親の心身の変化について、そして、そのときどきに気をつけることなどなどがことこまかに書かれていて、それらをひとつひとつ、だいじに読んだのだった。

 たとえば、8週と4日、45日目のらんには、<今日中にはまぶたが現れるでしょう>と書いてあり、また翌日の、8週と5日目、46日目のらんには、<ティースプーン5分の1の水とおなじ重さです>などなど、いろいろな角度で一日一日の変化を追ってくれて、自分のからだのことなのに、どうしたって知りえない、おなかの中のこまかな変化をおしえてくれるのだ。

 ほかには、<赤ちゃんの腕は、水かき状のものから、船の櫂のような形に変化します。今週中には手足の骨を包む筋肉が現れ、手足に神経ができてきます(6週と3日、31日目)>や、<ママの子宮はこぶりのグレープフルーツほどの大きさになっています。今週の終わりまでには約30mlの羊水に赤ちゃんが浮かぶようになります(10週と2日、58日目)>とか、<赤ちゃんはいま、先週に比べて体重は2倍の13g、身長は50~61mm にまで成長しました。口の固い骨状の部分が完成します>とか。

 出産までの毎日が、こんなふうにやさしく、またきめ細かに綴られており、たびたび吐き気におそわれてトイレにかけこむだけの、いつまでこれつづくねんとつっこむ気力すらもうどこにもないうっそうとした日々に、手がかりというか、目標というか……とにかく、今はこんなだけれども、自分は今たしかにどこかにむかっているのだ、その途中なんだ、ということを思いださせてくれるというか……。まだ吐き気以外の実感がなくて、病気となんら変わりのない日々をすごしながら、こんなことがおなかの中で起きている、なんてうまく信じられないけれど、しかしとても具体的なことを知ることによって、すこしずつ、すごく、励まされていたような気がする。

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きみは赤ちゃん
川上未映子・著

定価:本体1,300円+税 発売日:2014年07月09日

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