このしんどさ、この気持ちわるさ、このものすごい絶体絶命感を、いったい何にたとえたらよいのだろう。ふつか酔い、船酔い……とにかく、何らかの酔い。こうしてみると酔いのレパートリーがあまりに貧しいわたしだけど、そして船ってあんまり乗ったことないけれど、つわり。これが聞きしに勝るおそろしさだった。いま思いだしても、震えがくるよ。
朝起きて目を覚ますといちばんにやってくるのが「うぇっうぇっ」という、えずき。目をあけてみると、なんか天井がまわってる。何かの冗談であってほしいのだけれど、しかしこれが、完全にまわってるんである。
い、いけるかな、とか思って何か口に入れては吐き、せ、せめて水でも、と思って含んでは吐き、何かをじっと見つめると、それだけでこう、こみあげてくるものがある。
この吐き気には独特の味というか、感覚があって、わたしはそれを「すわっすわ」と呼んでいた。吐く直前に、胃から食道にかけて、こう、「すわっすわ」としかいいようのないものがやってきて、口のなかに、まさに「すわっすわ」としか呼びようのない味というか雰囲気というか、それがもういやーなあんばいでじゅわっとひろがってゆくのである。そしたらもうだめ。トイレへ直行。飲めるのは唾だけという状態。
「こんなんまじ異常やで」と、何度も胸のなかで声にならない声で叫び、立ちあがることもできないわたしは朝から夜までベッドで横になって、ただいつもおなじカーテンがぶらさがっているのをぼんやりとみているという日々をすごした。そんな状態で「もう少ししたら新刊のプロモーションが始まるんだよな……」(『すべて真夜中の恋人たち』という小説が刊行されるタイミングだったのです)とか思うとぞわりと寒気がして、こんな状態でサイン会とか取材とかって人間に可能なのかなあ、どうなんだろうかなあ、考えててもしょうがないよな、とりあえずやってみるしかないよなあ……というところでまた吐いて考えはストップ、のくりかえしだった。
何も食べられないし、何も欲しくない。でも何か食べないと、すごくまずい気がする。
わたしはこの「すわっすわ」と、妊娠2ヶ月のおわりに相当する7週ごろから6ヶ月のだいたい20週までの4ヶ月ほど(妊娠してはじめて知ったのだけど、みんなあんまり「いま何ヶ月」というような言い方をしないのです。たぶん1ヶ月の中に、あまりに細かな変化があることもあって、「いま何週」という感じで、みんな話します。最後の生理がはじまった日が妊娠0週0日。だから、生理が1週間おくれて妊娠がわかった、なんてときにはすでに2ヶ月目に入ってる、っていう感じ)、生活をともにして、あべちゃんも無口になるほどの、本当に何もかもが土気色をしたような日々だった。
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