- 2016.01.14
- 書評
デビュー40周年・オリジナル著書580冊突破!――赤川次郎の〈最初の一歩〉がもつ意味とは?
文:山前 譲 (推理小説研究家)
『幽霊列車』 (赤川次郎 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
その授賞式に、いわゆる受賞第一作を早くも書き上げて持っていった赤川さんでした。本書で二番目に収録されている「裏切られた誘拐」です。ところが、それが「オール讀物」に掲載されたのは、一年近く経った一九七七年八月号なのです。新人の作品にはなかなか発表の機会が与えられない時代だったのです。これもまた、「幽霊列車」での受賞が小さな一歩だった証拠です。しかしその頃には、編集者は赤川次郎という作家のポテンシャルの高さを実感していました。「凍りついた太陽」が一九七七年十月号に、「ところにより、雨」が一九七八年二月号に、「善人村の村祭」が一九七八年五月号にと発表ペースが早まり、一冊にまとめられたのです。ヴァラエティに富んだ謎解きとともに、二十歳近く年の差のある夕子と宇野の恋愛模様は今でも新鮮です。
そして年末、「週刊文春」でのミステリーのベスト・テン選出において、『幽霊列車』は八位にランクされるのです。ちなみに、その年の第一位は二十五歳で江戸川乱歩賞を受賞した栗本薫『ぼくらの時代』で、トラベル・ミステリーの先駆けとなった西村京太郎『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』もランクインしています。一九七八年、日本のミステリー界には新たな流れが生まれつつありました。
この『幽霊列車』を〈最初の一歩〉として書き継がれてきたシリーズは、二〇一五年刊の『幽霊審査員』で二十五冊を数えるまでになっています(番外編の『知り過ぎた木々』は除く)。本書の途中で三十九歳から四十歳になっている宇野警部が、ずいぶん年寄り扱いされていますが、今も宇野は四十歳。それはちょっと羨ましいところです。永井夕子ももちろん、瑞々しい大学生のままです。さすがにケータイは手にするようになりましたが。
『幽霊列車』の刊行に合わせて、山本容朗「人気作家の現場検証」(「オール讀物」一九七八・五)で赤川さんが取り上げられています。クラシック音楽をヘッドホンで聴きながら、午後十一時から深夜二時まで執筆しているとのことでした。まだサラリーマンだったからですが、ほどなく作家専業となっても、深夜という執筆時間は変わりないようです。もっとも、今やペンが止まるのはすっかり明るくなってからのようですが。そこでピアニストのマウリツィオ・ポリーニが特に気に入っていると紹介されていました。クラシック音楽や海外文学の素養をそこかしこで垣間見せているという意味でも、『幽霊列車』は〈最初の一歩〉と言えるでしょうか。
二〇一六年は赤川さんにとってデビュー四十周年の年です。それは通過点で、さらに多くの作品が読者を愉しませてくれることでしょうが、〈最初の一歩〉が「幽霊列車」であるという事実は不動です。そして、その一歩がじつに大きな意味を持っていたことに気付かされるのが、本書『幽霊列車』なのです。
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