書評

デビュー40周年・オリジナル著書580冊突破!――赤川次郎の〈最初の一歩〉がもつ意味とは?

文: 山前 譲 (推理小説研究家)

『幽霊列車』 (赤川次郎 著)

 さらに驚くことに、当時サラリーマンだった赤川さんが、“ともかく毎日が同じように過ぎて行く事に堪えられない気持”(わたしの投稿時代 「オール讀物」一九七九・九)に囚われて、シナリオの公募や小説の新人賞に色々応募していたなかで、「幽霊列車」が唯一のミステリーだったというのです。いかに〈最初の一歩〉が大切かという証拠ではないでしょうか。もっとも、シナリオ公募のほうでは『非情のライセンス』や『江戸の旋風』で採用されていたので、あくまでも小説としての第一歩なのですが。

 デビュー作「幽霊列車」が名探偵の活躍だったのは、中学三年生の時に初めて書いた小説が、すなわち創作活動の〈最初の一歩〉がシャーロック・ホームズ物を真似た短編だったのですから、自然なことです。

 事件の着想は幽霊船として知られる「メアリー・セレスト号」の謎から得ています。一八七二年、スペイン沖を漂流しているところを発見されたその帆船には、誰の姿もありませんでした。食事が食べかけであったりと、船を離れるようなトラブルが起こった痕跡がなかったのですが、いまだその謎は解決されていません。その実際の出来事が、「幽霊列車」では八人の乗客の不可解な消失にアレンジされています。

 ちなみに、『幽霊列車』と題された日本映画があります。柳家金語楼、花菱アチャコ、横山エンタツといった喜劇界の大スターたちが出演していますが、殺人犯の逃走劇が絡んだサスペンス劇です。そして、深夜に走るダイヤには載っていない列車が大きな謎となっていました。なにせ幼い頃には一階に映画の試写室がある家に住み、物心ついた頃から映画を観ていた赤川さんです。きっとこの映画が頭の片隅に――。

 ただ、映画『幽霊列車』が公開されたのは一九四九年八月です。赤川さんは一九四八年二月二十九日生まれですから、さすがにリアルタイムでは観ていないでしょう。映画との関連で言えば、一九七一年に日本で大ヒットした初々しい恋物語のラストシーンが、「幽霊列車」での乗客消失のトリックのヒントになったのかもしれません。ちなみに、「幽霊列車」は赤川作品の映像化の〈最初の一歩〉です。岡本喜八監督によるテレビ・ドラマは、一九七八年一月十四日に放映されました。

 話を元に戻して――新人賞の授賞式は文藝春秋の会議室で行われました。“私もその後、新人賞の選考などにかかわることが何度かありましたが、あれほど地味な授賞式は以後見たことがありませんね”(岩波ブックレット『大人なんかこわくない』)とのことです。例年通りの授賞式だったと思うのですが、作家としての〈最初の一歩〉があまり歩幅の広いものではなかったのは確かでしょう。その際、赤川さんは賞金が三等分されるのではないかと心配したそうです。“幸いにして”それは杞憂に終わりました。ただ、『大人なんかこわくない』には賞金が三十万円だったと書かれていますが、正しくは二十万円です。それなら三等分はできないのに、どうして思い違いをしたのか……。

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幽霊列車
赤川次郎・著

定価:本体660円+税 発売日:2016年01月04日

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