次にテーマだが、歴史小説が現代社会の写し鏡になっていなければならないのと同様、1963年を描く意義として、現代と共鳴する部分は必須である。
中国やロシアといった覇権主義国家の台頭により、日本は今、米国との関係が、これまで以上に大切な時代になっている。ところが戦後、日米はどのような関係にあったのかは、あまり知られていない。とくに駐留軍と共存してきた日本の庶民が、彼らに対して、どのような感情を抱いていたかについて書かれたものは皆無に等しい。私は子供の頃から聞かされてきた様々な人々の感懐や意見を思い出し、作品に反映させていくことにした。
こうした道具立てが済んだ後、日本の警察官と米軍のSP(Shore Patrol)がバディを組み、犯人逮捕という共通の目標に向かっていくという展開を思い付いた。まさに日米同盟である。
また、マイとペールのデビュー作である『ロセアンナ』へのオマージュとして、冒頭で水中死体が上がることは、すでに決めていたので、あっという間にストーリーの骨格ができ上がった。
書き始めて気づいたのは、自分の特色である淡々とした文体が、ハードボイルド・ミステリーに向いていると感じたことである。この作品には、何がしかのトラウマを抱えた男たちが出てくるのだが、彼らの感情表現を抑えぎみにしたおかげで、実在感がぐっと高まったように思われる。とくに横浜という舞台装置が、クールでドライな主人公たちには似合っている。
かくして『横浜1963』の執筆はスタートした。途中、様々な壁にもぶち当たったが、担当編集や支援者の力を借りて何とかクリアすることができた。
自分としては、確かな手ごたえが感じられる作品だが、どう評価するかは読者次第である。
私が今後、歴史とミステリーを二本柱として、小説家のキャリアを積んでいけるかどうかは、この作品の成否に懸かっている。
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