平安時代の後期から現代ものまで、実在と架空の人物を合わせるとこれまでに八十もの役柄を演じてきました。なかでもひときわ思い入れが強く、自分が時代劇で生きていく自信を持つきっかけを与えてくれたのが織田信長です。もしかしてオレは信長の生まれ変わりか、と思うくらい自然に演じられるし、今笑っていたのに急に怒り出すなど、感情の振れ幅が大きいのも気持ちがいい。僕に限らずにこの仕事をしていたら誰でも一度はやってみたい、役者冥利に尽きる役柄だと思います。
時代背景を知って役作りに生かそうと、資料や小説を読みまくっているうちに、いつのまにか大の歴史ファンになっていました。ロケ地に行くと地元の郷土史家からお話を聞き、気になることはiPadでさっと調べる。西暦何年に誰それが何々をした……、なんて教科書的な知識はどうでもいい。それよりもある人物がどんな思いでその時代を生きたのか、なぜこんな事件を起こしたのかを考えるのが楽しいのです。
織田信長や羽柴秀吉が生きた戦国は各地で群雄が割拠し、身分の低いものが主君を倒して権力を手に入れる下剋上の時代でした。秩序や調和を重んじる日本人とは思えないほど、人間の欲望がむき出しになりました。その欲望にも濃淡があり、自分の領国さえ安泰ならそれで満足という武将がいれば、もう少し野心的にお隣の領土もいただきたいと考える人もいる。さらには天下を統一しようという信長のような人物もあらわれる。
タイトルにある『王になろうとした男』はモザンビークから奴隷として売られてきた彌介だけではなく、もちろん信長自身も指しているのでしょう。一説によると信長は安土城のそばに天皇を住まわせ、安土城の天守閣から御所を見下ろそうという野望があったとか。信長を描いた作品はたくさんありますが、本書がおもしろいのは、彼のまわりで王になろうとする男を支えながら、野心という魔物にとりつかれて自分の人生を変容させていく数人の人物にスポットライトを当てているところです。
彌介に初めて会った信長は「美しい」と感嘆しました。あの時代の日本人でアフリカから来た黒人を見て、美しいと感じたのは信長ひとりだったでしょう。このひとことに彼のすべてが集約されている。誰も持ちえない独特の感性ですべての事象を見定めようとしているから、家臣はいっときも気が抜けません。今、主人は何を考えているのか、自分は何をすべきかと神経をすり減らし、勝手に自分を追い込んでゆく。性格も置かれた立場も違う男たちの目を通すことで、信長の大きさや怖さがいっそう切実に伝わってきます。
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