2015.08.12 書評

比べることで何が見える?

文: 中野 京子

『中野京子と読み解く 名画の謎 対決篇』 (中野京子 著)

 月刊誌『文藝春秋』や『オール讀物』での連載をもとにした『名画の謎』シリーズは、これまでに「ギリシャ神話篇」「旧約・新約聖書篇」「陰謀の歴史編」が刊行されました。今回の「対決篇」で4弾目となります。

「対決」とはつまり、2作品を比べること。比べてみて初めて気づく意外性があり、絵画鑑賞がいっそう楽しめるのでは、と思った次第です。同テーマ別画家作品については、これまでの著書でも何度か取り上げました。国も時代も文化も異なるのですから、絵が全く別ものになるのは当然と言えましょう。

「ギリシャ神話篇」から一例をあげると、太陽神アポロンとスパルタ王子ヒュアキントスの有名な悲劇(ヒヤシンスの花誕生譚)――アポロンの投げた円盤が西風のいたずらで急旋回し、いっしょに遊んでいたヒュアキントスを直撃して命を奪う。少年の流した血が白い花を赤く染め、それがヒヤシンスと化す。

 フランス人画家ブロックは神話に忠実な描写をしています。吹きつのる風、矢筒を背に負う太陽神、その腕の中で死につつある美少年、足もとの円盤とヒヤシンス。ところが全く同じシーンなのに、18世紀半ばのイタリア人ティエポロ作は難物です。なぜなら背景はテニスコートで、おおぜいのギャラリーが見守る中、一人が倒れ、もう一人がパニックになっている。どうやらテニス・ボールが腹を直撃したらしい。もちろん神話のモチーフはそこここに(円盤の代わりのボールなど)隠れていますが、読み解きは大変です。

 実はこれ、注文主のアイディアでした。ドイツ人伯爵でしたが大のテニス愛好家で、祖父を(絵と同じように)テニス事故で亡くしたにもかかわらず、いや、だからこそかもしれませんが、神話を改変し、絵画で遊んだのです(伯爵家を訪れた人々には大うけだったでしょう)。当時テニスが大ブームだったこと、ボールが硬くて殺傷能力があったこと、注文画は必ずしも画家がひとりで構想したのではないこと、絵は時にエンターテインメントだったことなどがわかります。

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中野京子と読み解く 名画の謎 対決篇
中野京子・著

定価:本体1,650円+税 発売日:2015年07月27日

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