大好評『名画の謎』シリーズ最新刊のテーマは何と“対決”。目次を開くと、「横たわる美女 絶讃ヌード vs スキャンダラス・ヌード」「麗しの王妃 オーストリア vs フランス」「海難の恐怖 飢餓 vs ジョーズ」など、魅力的な見出しがずらりと並んでいる。
「シリーズ既刊の『ギリシャ神話篇』や『旧約・新約聖書篇』の中で、絵というものは、同じ主題――それもヴィーナスや受胎告知図といった定番中の定番――が描かれたときでさえ、画家が違えばまったく別ものになるんですよ、と例示したところ、そこがとても面白いと言ってもらえて、評判がよかった。それならいっそ『対決』をテーマにして、毎回、対立軸を見つけては二つの絵を対比していく趣向にすれば、多くの人に楽しんでもらえるのではないかと考えたのです」
意表をつく絵のマッチメイクが目白押しの本書中、あえてひとつ著者ならではの切り口のものを挙げるなら、クリムト『接吻』とカラヴァッジョ『聖マタイの殉教』を“対決”させた「死んでもいい ストレート vs ゲイ」だ。
「日本ではちいさい頃から『よけいな知識を持たず、絵はただ感じればいい』と学校で教わるので、みんな素朴にただ感じようとし、その結果、現代の日本人の一般的感覚(性的嗜好でいえば異性愛[ストレート])で見えるものだけを見ておしまい、となりがちです。でも、絵ごとに描かれた当時の歴史的背景も違えば、当然、画家自身のセクシャリティも違う。性的嗜好ひとつとっても、古代ギリシャでは高貴な人々の文化として男色はごく普通のことでしたし、古代ギリシャの美を西欧近代に甦らせたミケランジェロもまた同性愛者で、恋人の男性をモデルに絵を描いたことが知られています。同性愛者の画家が男性ヌードを描くとき、そこにはエロティックな目がある。そういう背景を知っているだけで、絵の楽しみ方の幅はぐっと広がるんですよ」
クリムトとカラヴァッジョという対照的な2つの絵の中に、中野さんはどのような“官能”と“恍惚”とを見出すのか? 「死んでもいい」と思えるような忘我の愛を、画家はどのように描き出したのか? その鮮やかな分析はまさに圧巻、ぜひ本書を手にとって味わってもらいたいところだ。
「よけいな知識は鑑賞の邪魔という考え方が日本の美術教育では根強いですが、本当によい絵はどんな知識があったところでびくともしません。背景を知り、歴史を知ることで、多くの方にもっと絵を楽しんでもらえたら、こんなに嬉しいことはありません」
中野京子(なかのきょうこ)
作家、ドイツ文学者。他に『名画の謎』シリーズには『ギリシャ神話篇』『旧約・新約聖書篇』『陰謀の歴史篇』がある。近著に『愛と裏切りの作曲家たち』。
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