書評

ギリシャ神話の絵画を見る快感

文: 森村 泰昌 (美術家)

『名画の謎 ギリシャ神話篇』 (中野京子 著)

「音楽」という。その日本語の由来はよく知らない。しかし「オンガク」が「音学」でなくてよかった。あくまでも「オンガク」とは、「音」を「楽しむ」ことだからである。

「美術」という。ここでも私は漢字二文字の意味を素直に受けとって、「ビジュツ」とは「美」を作り出す「術」であるととらえたい。「美」が何であるかはおくとして、ともかく、「術」すなわち、描いたり彫ったりする技術に長けていなければ、「美術」は成立しない。

 今、描いたり彫ったりする技術と言った。

 しかし、「美」を語る「術」というのもまた、「美術」だとは言えないだろうか。そして申すまでもなく、中野京子さんは「美」を語る素晴らしい「術」の持ち主であり、ゆえに中野さんは間違いなく「美術家」であると、美術家の私は理解している。

 それから、ああそうだった、「美学」というのもあった。確かに、「美」を「学ぶ」こと、研究することなくして、「美」は語りえない。何事においても、やっぱり勉強は大事であろう。

 しかしまずもって何を学べばよいかと言えば、それは「オンガク」に負けず劣らず、「ビガク」もまた「美楽」であるということを学ぶべきではないか。「美学」事始めは「美」を「楽しむ術」、すなわち「美楽」にある。これを、「美楽術」とでも呼んでおこう。

 中野京子さんの著作は、「美楽術」の見事な実践である。美的感受性と学究的知識と巧みな話術の三位一体。「美学」を「美楽」に転換させる語りの「術」。美を学ぶ人は多いし、美を楽しむ人も多いが、「学」を「楽」として付きあえる人は稀である。

 さて本作は、ギリシア神話にまつわる絵画の楽しみ方を、中野流に語った「美楽術」の好著である。

「楽しむ」と聴くと、気軽な美術とのおつきあいを想像なさる方もあるかと思う。しかし中野さんの「楽しみ」方は、「楽しむ」という域を超えていて、むしろそれは「愉悦」に近い。特に今回のテーマはギリシアの神々にまつわる物語絵画である。神々のやること為すこと、すべてが人間の域を超えている。それをこじんまりと四畳半的サイズに押し込めてしまっては、なんだか萎縮した楽しみに終わりかねない。やっぱりここは神話特有の、無礼講が許される祝祭的愉悦に浸らなくてはもったいない。

 最高神ゼウスが、どうしようもなく好色爺であるというのは、世間がすでに認めるところであるが、例えばヴィーナスという今ではソフィストケートされた美の象徴のようにとらえられている女神もまた、本来は野性的でとんでもなく放埒な性格であった。

 中野さんの語りによれば、ヴィーナスとは「愛」ではなく「愛欲」を司る美貌の女神である。そして、「世界最初の殺人事件、それも息子の父殺しから生を得た美女」でもある。この生い立ちと無茶ぶりを、極悪非道の所業であると道学者よろしく得々と説教してしまっては、人間サイズのささやかな楽しみしか味わえなくなる。そこのところを中野さんは熟知し、「愛欲」そのものである悪女としてのヴィーナスを、「美楽」として肯定的にとらえようとする。

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名画の謎 ギリシャ神話篇
中野京子・著

定価:本体650円+税 発売日:2015年07月10日

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