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この世の中、急ぐことは禁物である。とにかくゆっくりと動くことが大事であり、そのことで敵はこちらに脅威を覚える。そのためにはすぐに阿部和重作品を読みたい気持ちを抑制して福永信の文章を読む。これくらいの度量はほしい。さて、ところで、別の改変をこの目次を利用してもうちょっとやってみたい。それは、目次に並ぶ各短編をカップリングしていくというものである。昭和風にいえばシングルレコードのA面B面みたいに見てみるのである。わたしがプロデューサーだったら、こんなふうに目次の順番に従ってこの本からシングルカットすると思うが、どうだろうか。
A面 Man in the Mirror
B面 Geronimo-E, KIA
この二つの短編は、どちらも外国の地の描写から始まり、壮大な語りへと急上昇し、くだらないオチへ向けて落下する。この「くだらなさ」は阿部和重作品が、最初からずっと手放さない。絶対に優等生にならない、いい子にならないところが、ぼくらが彼の作品を好きなところだ。
A面 Bitch
B面 Just Like a Woman
著者によれば、こっちのほうがくだらないよとのことだが、共に性差の混乱を書くことで一致している。人称も含めた作品世界の混乱も著者がずっと書いてきたことだ。読者は、自分の性別を意識しながら、読むことになる。音読はおそらく不可能だろう。
A面 Search and Destroy
B面 Life on Mars?
この二作は、共に世代間格差を共通して書く。ザ・ストゥージズのイギー・ポップとデヴィッド・ボウイの楽曲を、共通した主題のもとに書く、そこにユーモア作家としての面目躍如たる一面もあると思う。
A面 Sunday Bloody Sunday
B面 For Your Eyes Only
ターゲットがお預けになる話。読者もなんだかわからないがお預け感を作者から受け取ることになる。
A面 In a Large Room with No Light
B面 The Nutcracker
目次の順番と変更があるのは、「In a Large Room with No Light」を「The Nutcracker」とカップリングするときである。この二作には、どちらも長編作品のような時間が流れており、実際、二人姉妹の妹が語り始める後者は『ピストルズ』を思わせもする(執筆時期も重なる)。作品を経過した時間の果てに、かすかな希望が漂うのもこの二編に共通している。また読者は作品から最後、あふれるような優しさを感じるだろう。それは、これまでは深い底にあって見えにくかったものだ。この短編集が重要なのは、作品の透明度が高く、深い底までよく見えることである。
A面 Family Affair
B面 Ride on Time
この二つの話で著者が書くのは未来のことである。未来の日本であり、前者の最後と、後者の年代は同じ二〇一一年から一〇年後の世界だと思われる。後者は、一〇年後にやってきた「あの波」にいよいよ今度こそ乗ろうと決意するサーファーの話だが、「あの波」に乗ったとき、「ぼくら」が向き合っているのは、間違いなく日本である。そして、「あの波」を生じさせる海と、最初の短編の冒頭、フィクションとしての「南太平洋上」とは繋がっているだろう。このとき、フィクションと現実は、共に環流しながら、読者を結び目として、生きた関係を瞬間的に作るだろう。著者は、自らに備わる様々な能力を使用して、この短編集を制作した。
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