2015.01.21 書評

【『キャプテンサンダーボルト』クロスレビュー】
ヒーローになれなかったふたりの物語

文: 門間 雄介 (映画ライター)

『キャプテンサンダーボルト』 (阿部和重 伊坂幸太郎 著)

刊行以来、その圧倒的な面白さで絶賛を集め続ける阿部和重、伊坂幸太郎の合作長編『キャプテンサンダーボルト』。 発売から1ヵ月半が経った今、その人気は読書好きの人々だけでなく、エンタメ業界全体に広がっている。 「本好きだけに読ませておくのは勿体ない!」という声を受け、今回は異なるジャンルで活躍する3名の評者が、それぞれの立場からCTB(キャプテンサンダーボルト)をレビュー。ジャンルの垣根を超えた、作品の魅力に迫る。

 本作でもたびたび触れられるクリント・イーストウッド主演の映画『サンダーボルト』を、この『キャプテンサンダーボルト』に重ね合わせてみると、うっすらと浮かび上がってくるものがある。

『サンダーボルト』は『ディア・ハンター』のマイケル・チミノが監督した1974年作品で、イーストウッド扮する高名な金庫破り“サンダーボルト”とジェフ・ブリッジスの好演が印象深いチンピラ“ライトフット”のふたりが大金強奪に挑む、アメリカン・ニューシネマ後期の優れたロードムービーだ。『キャプテンサンダーボルト』の主人公、相葉時之がフェイバリットムービーに挙げ、73年式のポンティアック・ファイヤーバード・トランザムを購入するきっかけにもなったこのアメリカ映画は、本作の設定やストーリー展開と何個かの共通点を持つ。例えば、主人公が次々と車を乗り換えるところ。『サンダーボルト』においてトランザムからビュイック・リビエラ、キャデラック・エルドラドと乗り込む車が変わるように、本作でもトランザムに続いてトヨタ・アクア、そして三菱トライトンと主人公たちの足は変遷する。道中に映画館(『サンダーボルト』はドライブインシアターだが)が登場するのも先達に対するオマージュと言っていいのかもしれない。そんな中でもとりわけ注目しておきたいのは、旅を通じてふたりの男が絆を濃くするバディものである点だ。『サンダーボルト』では、おそらく一回り以上年齢の離れたふたりが強い連帯感で結ばれていく。同様に本作の相葉時之と井ノ原悠も、12年ぶりの再会を経てかつての「ほかの仲間が立ち入れない世界」を蘇らせる。

 だが、そういった類似点を持ちながら、この2組の男たちが決定的に異なるのはヒーローの有無だ。イーストウッドが演じたサンダーボルトは、朝鮮戦争の英雄としても名を馳せ、ベトナム戦争世代のライトフットから尊崇のまなざしを受けることになる。片や相葉時之と井ノ原悠のふたりは、小学生の頃に観た戦隊ヒーロー作品『鳴神戦隊サンダーボルト』を始め、映画『サンダーボルト』から野球まで、さまざまなものに憧れを抱きつつ、彼ら自身がヒーローたりえたことはまるでない。

「俺がサンダーボルトで、おまえがライトフットってことになったんだよな」

「アホか。逆だ。俺がサンダーボルトで、おまえがライトフットで決着ついたんだよ」

 相葉と井ノ原は作中でどちらがサンダーボルトか言い合いをするが、ふたりともサンダーボルトに憧れるライトフットにすぎないことを、きっとそれぞれが嫌というほど痛感している。そう、だからこの作品はサンダーボルトの名を掲げてはいるものの、実はヒーローになれなかったライトフットたちの物語だ。

「心の故郷」が、ピンチを救う

 でも、彼らが生きてきたのはそういう時代だった。作中の設定から推測するに80年代半ば生まれのふたりは、カート・コバーンが自らの頭を撃ち抜き、ロックスターが“ロックスターになれない空虚感”を歌うようになった90年代半ば以降の世界をティーンとして過ごしてきた。そして、いわゆる失われた20年を両手で抱えきれないくらいの喪失感とともに暮らし、いま何者にもなれなかった男として三十路を迎えようとしている。いや、彼らだけでなく、多くの人たちにとってこの時代は、特別な存在になることの困難さと向き合わざるをえなくなった時代だ、ひょっとしたらあなたや私にとっても。考えてみれば、『アメリカの夜』『ニッポニアニッポン』『ミステリアスセッティング』など、阿部和重のいくつかの作品はそのように凡庸な生をどう生きるかにまつわるひとつの考察だった。

 相葉時之と井ノ原悠は、国際的な陰謀に巻き込まれ、自分たちしか未曾有の危機を救えないことに気付いた時、勇気を振り絞ってその閉塞感を乗り越えていく。心を揺さぶられるのは、ふたりに救いの手を差し伸べるのが結局のところ、彼らの心の故郷とでも言うべきさまざまなものごとだというところだ。もう一度、映画『サンダーボルト』を本作に重ね合わせてみたい。

 カーペンターズの楽曲などで知られるシンガー・ソングライターのポール・ウィリアムズは、『サンダーボルト』の主題歌「故郷への道を教えて」でいまはもう記憶もおぼろげな郷里への想いを歌うが、これは伊坂幸太郎が『ゴールデンスランバー』で引用したビートルズによる同名曲の一節「昔は故郷へ続く道があった」と相通じている。阿部和重と伊坂幸太郎それぞれが生まれ、あるいは育った故郷である山形と宮城を往還する本作は、ふたりの男が“故郷”へと帰る作品でもある。

『キャプテンサンダーボルト』3名による読み比べ
・門間雄介「ヒーローになれなかったふたりの物語」
門倉紫麻「『誰かとつくる』ことの貪欲」
酒井貞道「元野球少年のふたりが狙う一発逆転」

キャプテンサンダーボルト
阿部和重 伊坂幸太郎・著

定価:本体1,800円+税 発売日:2014年11月28日

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