- 2015.01.21
- 書評
【『キャプテンサンダーボルト』クロスレビュー】
元野球少年のふたりが狙う一発逆転
文:酒井 貞道 (ミステリ書評家)
『キャプテンサンダーボルト』 (阿部和重 伊坂幸太郎 著)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
刊行以来、その圧倒的な面白さで絶賛を集め続ける阿部和重、伊坂幸太郎の合作長編『キャプテンサンダーボルト』。 発売から1ヵ月半が経った今、その人気は読書好きの人々だけでなく、エンタメ業界全体に広がっている。 「本好きだけに読ませておくのは勿体ない!」という声を受け、今回は異なるジャンルで活躍する3名の評者が、それぞれの立場からCTB(キャプテンサンダーボルト)をレビュー。ジャンルの垣根を超えた、作品の魅力に迫る。
合作小説には夢がある。作家それぞれの長所を《よいとこどり》した上で、偉大な個性がぶつかり合って一種の切磋琢磨が生じ、結果、素晴らしい作品が生まれる――これが理想だし、読者の期待もここにかかる。しかし現実は厳しい。岡嶋二人やエラリイ・クイーンなどの、最初から合作を前提にデビューした場合を除くと、多くの作例で、作家たちはいまひとつ振る舞いきれず、作品は中途半端な出来にとどまりがちだ。その理由は、お互いへの遠慮なのか、衝突し過ぎて様々な要素に雑味や不協和音が生じているのか。名のある作家同士が共作した作品を前にすると、多くの読者が、胸の高鳴りと同時に、嫌な予感を覚えているはずだ。
と不安を煽っておいてなんだが、芥川賞受賞作家の阿部和重と、本屋大賞受賞作家の伊坂幸太郎との合作『キャプテンサンダーボルト』は、《この種の企画としては》などと注意書きをしなくて良いほどの傑作に仕上がった。まずもって、どの部分をどちらが担当したかが全く分からない。プロット、ストーリー、キャラクターそして文章表現と、全てが、いかにも阿部和重が/伊坂幸太郎が書きそうな感じに統一されている。しかも筆の活き活きとしていること! 両者の個性は潰し合わず、見事に溶け合っているのである。
物語は、「ガイノイド脂肪に注目しろ!」という、見事なまでに意味不明で、ゆえに印象的な一文からスタートする。序章では、うら若き女性・桃沢瞳が、中年男に対して色仕掛けで何かを訊き出そうとしている。何らかの大掛かりな陰謀が関係していることを暗示する良いプロローグで、最も印象的なのは人物描写の的確さだ。下心満載で自慢話たらたらの中年男の俗物ぶりと、甘えた態度をとりつつそれを冷たく観察する女性の視点の対比は、実に綺麗に決まっている。作家の人間観察眼の鋭さは相当なものだと感じられる。
この序章を経た後、いよいよ主役のふたり、相葉時之と井ノ原悠が登場する。彼らは子供時代に同じ少年野球チームに属し、名コンビとして鳴らしていた。そんな彼らも既に二十代後半。相葉は持ち前のきっぷの良さから、AV女優の借金を肩代わりし、当の女優に逃げられてしまう。残ったのはヤバい所からの多額の借金で、老いた母の家も売り払われた。相葉は実家を買い戻すべく、一攫千金を目指すことになる。もうひとりの主人公、井ノ原悠は、幼い息子が難病で医療費がかさむ上に、その足しに始めた投機で失敗していた。つまり、ふたりともカネが欲しい。
カネから反骨精神へ
相葉は一発逆転を狙って違法スレスレの行動を起こすが、不幸な偶然から、国家レベルの秘密を巡る攻防戦と混線してしまう。彼は、その秘密が何なのか知りもしないのに、これはカネになると決め込んで、騒ぎに積極介入。そこに常識人だったはずの井ノ原も同行・同調していくのだ。
首が回っていなかったとはいえ、ふたりとも、二十代後半とは思えないほど思慮が浅い。しかし彼らはとにかく元気いっぱいで、国家的陰謀に対峙する悲壮感など微塵も感じさせず、果敢に冒険活劇に飛び込む。官憲はもちろん、冷酷非情なテロリストをも向こうに回して一歩も引かず、逃走劇、頭脳戦、肉弾戦を繰り広げる。そしてそれら全てが、当意即妙・才気煥発・軽妙無類な掛け合いによってユーモラスに彩られているのである。この清新さと爽快感は何物にも代えがたい。しかも先述の通り、鋭い人間観察に支えられており、「あるある」とか「なるほど」などと感心する場面や台詞が続発する。
興味深いのは、主役ふたりのモチベーションのあり方だ。一義的にはふたりともカネを求めている。しかし、次第に様子が変わっていく。幼き日にふたりとも楽しみにしていた戦隊ものの映画公開が中止になった理由に勘付く辺りから、何かが変わり始め、それはやがて、「大きな力よ、ふざけるな」といった反骨精神に転換していく。ふたりがカネを欲する理由が反社会的でも反倫理的でもないとはいえ、少なくとも最初の内、彼らは生活に焦るあまり軽挙妄動著しく、非英雄的である。そんな彼らが徐々に、英雄的になっていく。それを見届けた後、タイトルに作中の戦隊ヒーローの名前が選ばれているのを見ると――作者のメッセージは明らかだと思うのだが、どうだろう。
『キャプテンサンダーボルト』3名による読み比べ
・門間雄介「ヒーローになれなかったふたりの物語」
・門倉紫麻「『誰かとつくる』ことの貪欲」
・酒井貞道「元野球少年のふたりが狙う一発逆転」