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ところで、全然関係ないが、著者の作品にはしばしば、●が登場する。本書にも登場しているが、これはなんだろうか。最初は登場してなかった。単なる一行アキがポカンとあるだけだったわけだが、なんらかのキッカケから、この読めない●が登場するようになった。批評家の検討が待たれる。わたしの見立てでは、これは、あれじゃないだろうか、立体視を促しているんじゃなかろうか。もちろん絵が描かれているわけでもないし、●が二つ、同ページに並んでいるわけでもなく、ほとんどの場合ページを隔てているのだが、それでもなお、あくまで平面でありながらもなんとかこちらの三次元世界へと踏み出そうとする著者の姿勢のあらわれではないかと思うが、どうだろうか。
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さて、いよいよ、本編への旅を開始する時間が来たようだ。君が、心から読みたいと思っている声がわたしには聞こえる。だが、その前に、ひとつ自慢していいだろうか。どういう自慢かというと筆者は阿部さんに短編を依頼した経験がある者なのである。筆者は、『美術手帖』という雑誌で現代作家の短編小説を掲載するという企画を不定期でやっていたのだが、阿部さんにも登場してもらったのである。「THIEVES IN THE TEMPLE」というプリンスの楽曲からタイトルを借りた作品で、傑作であると同時に、極めて斬新な印刷により話題となったからご存じの向きもあるかもしれない。じつは、もしかすると、『Deluxe Edition』にこの短編を収録することになっていたのかもしれないのである。筆者の編集でアンソロジー集としてまとめるというこちらの要望を優先して収録を見送ってくださったのだが、もし、この作品が掲載されていたら、あの目次ではなくなっていたわけで、どうなっていたのだろうと思うと興味深い。ともあれ、阿部さんは、どーもすんませんと恐縮する筆者に「約束したことだから」とじつにサッパリと述べたのである。そのセリフ、かつて聞いたことがあるなと思ったのであるが、『美術手帖』での初出時、阿部さんからその「THIEVES IN THE TEMPLE」が筆者のもとへメールで添付されてきたとき、締切にまったく遅れることなくその日の日付が変わる前に送信されてきて、当時も阿部さんは多忙な時期であって、やはり、こちらが、さーせんと恐縮していると、「約束したことだから」と平然と清々しく応えたのである。文学外のことだけれども、本当に愚直なまでに真剣な男だというのは、最初から変わらない阿部和重さんの印象である。ところで、もちろん、歴代の阿部和重文庫解説の素晴らしさを横目でみながら、筆者は、これは最下位を飾ること間違いないと確信しているにもかかわらずわたしは締切に遅れているのである。
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この解説を書くにあたって、『文學界』二〇一三年一二月号掲載の阿部和重インタビュー「短篇というミッション・インポッシブルに挑む」を大いに参考にした。本書の読解にも福永信によるこの優れたインタビューは、有益であろう。ぜひバックナンバーに当たることを強くおすすめする。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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