2015.09.03 書評

完全無欠のエンターテインメント

文: 村上 貴史 (書評家)

『ロスジェネの逆襲』 (池井戸潤 著)

■前口上

『ロスジェネの逆襲』 (池井戸潤 著)

 読書は文庫で、というみなさま。お待たせしました。いよいよあの《半沢直樹》シリーズ第三弾『ロスジェネの逆襲』が文庫で登場です。

■待望

 とまあこうした口上を述べたくなるほど、二〇一三年の半沢直樹ブームはすさまじかった。まさに“社会現象”だったのである。

 七月七日に放送が始まり、九月二二日に第一〇話で幕を閉じたこのドラマは、民放のテレビドラマにおいて、平成に入ってから最高の視聴率――最終回は関東四二・二%、関西四五・五%――をたたき出した。そればかりではなく、決め台詞である「倍返し」がその年の流行語大賞を獲得、さらに原作も二冊合計で二〇〇万部を超す大ヒットとなるなど、二〇一三年の日本を席巻したのである。

 ちなみにその原作、すなわち『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』であるが、前者は『別册文藝春秋』の二〇〇三年一一月号から翌年九月号にかけて連載され、その年の一二月に刊行された作品である。後者は同様に〇六年五月号から翌年一一月号に同誌に連載され、〇八年六月に刊行された。それぞれ文庫化は〇七年、一〇年である。その後じわじわと累計二〇万部を超える支持を獲得していた作品にTVドラマによって注目が集まったところ、一気に二〇〇万部を超えるベストセラーに化けたのだ。結果として、その年のベストセラーリストでは、この二作品が、あまたの新刊に混じって二位に食い込んだのである(トーハン調べ 二〇一三年 年間ベストセラー 【文庫総合】部門)。

 この年間ベストセラーの【単行本・文芸】部門において三位に入ったのも池井戸潤の小説であったが、こちらもまた新刊ではない。前年六月に刊行された《半沢直樹》シリーズ第三弾『ロスジェネの逆襲』が、三位だったのだ。新刊ではなく、しかもTVドラマの直接の原作でもないのに、この成績である。いかに読者が《半沢直樹》の新作を求めていたかが判ろうというものだ。

 だが、『ロスジェネの逆襲』は、なにもTVドラマを見た方々(そしてドラマをきっかけに『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』を読んだ方々)だけに待望されていたわけではない。『半沢直樹』が放映される前から、この小説は強い支持を受けていたのである。

 本作品は、『週刊ダイヤモンド』という経済誌に二〇一〇年八月七日号から二〇一一年一〇月一日号に連載された。同誌は経済雑誌であり、読者は経済情報をまず重視する。にもかかわらず、連載小説である『ロスジェネの逆襲』が読者満足度で一位を獲得してしまったのだ。一九一三年、つまりは大正二年に創刊されたというこの経済雑誌において、連載小説が一位を獲得したのは初めてのことだという。世の経済人達が、半沢直樹の活躍をそれだけ強力に支持していたことのあらわれといえよう。結果として『ロスジェネの逆襲』は、これも同誌百年の歴史のなかで初めてのことだが、連載小説として巻頭を飾ることになったのである。

 経済誌の読者だけではなく、池井戸潤のファンからも半沢直樹の新刊は強く待ち望まれていた。『文藝春秋』のインタビューによれば、『ロスジェネの逆襲』は、「ほかの本のサイン会でも『半沢どうなってますか』という声がすごく多くて。こんなに待ってくれてるならと、予定を前倒しにして」単行本を刊行したのだという。

 この時期の池井戸潤といえば、吉川英治文学新人賞を獲得した『鉄の骨』(二〇〇九年)や、直木賞を獲得した『下町ロケット』(二〇一〇年)などのノンシリーズ作品を発表した直後であり、その著作の質の高さが世の中に定着した時期である。それでもなお、半沢直樹を求める声が強かったのだ。

 TVドラマの前から待望され、そしてTVドラマ放映後は、原作でもないのに極めて多数の読者に読まれた作品、それがこの『ロスジェネの逆襲』なのである。

【次ページ】逆襲

ロスジェネの逆襲
池井戸潤・著

定価:本体700円+税 発売日:2015年09月02日

詳しい内容はこちら

オレたち花のバブル組
池井戸潤・著

定価:本体660円+税 発売日:2010年12月03日

詳しい内容はこちら

オレたちバブル入行組
池井戸潤・著

定価:本体660円+税 発売日:2007年12月06日

詳しい内容はこちら



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