書評

完全無欠のエンターテインメント

文: 村上 貴史 (書評家)

『ロスジェネの逆襲』 (池井戸潤 著)

 ちなみに銀行からの出向という構造は『オレたち花のバブル組』においても登場していた。半沢の同期である近藤直弼が取引先の中堅電機メーカー「タミヤ電機」に総務部長として出向した模様が描かれていたのだ。だが、それはあくまでも脇役のドラマであり、また、銀行側の視点が中心であった(とはいえさすがに池井戸潤だけに受け入れ側の視点もきちんと語っており、それはそれで一つのドラマになっている)。今回は半沢自身が出向するという構図であり、しかも諸田をはじめとする他の出向者たちと横並びにされるなかでプロパー社員と接していくのである。銀行という庇護環境を取っ払った状態での半沢直樹という男の真価が、東京セントラル証券で問われるのだ。これは前二作で描かれた五億円の債権回収や百二十億円の損失を出した老舗ホテルの再建より、よほど厳しい勝負である。その逆境のなかでの半沢直樹ならではの輝きを、是非堪能していただきたい。

 後者のギャップ――世代間の――もまた本書の序盤から語られている。

 一九九四年から二〇〇四年にわたる就職氷河期に世の中に出た若者たちを、ロスト・ジェネレーション、略してロスジェネ世代と呼ぶ。ただ好景気だったというだけで大量に採用され、中間管理職として幅をきかせているバブル世代に対して、彼らは反感を抱いている。個人としての能力は劣るのに、会社という枠組みのおかげで上司面(づら)できていると思っているのだ。東京セントラル証券においては、この世代間の相違が、出向組とプロパー社員に重なっている。それ故に人間関係が余計にきしむのだ。きしむが、そこは半沢のこと、それを放置するのではなく、解消して、東京セントラル証券のために役立てていく。そうしたかたちで人心を掌握できるのも、半沢の個性であり能力の表れである。また、重要登場人物の一人、東京スパイラルの瀬名社長もまたロスジェネ世代である。森山の幼なじみなのだ。その瀬名社長の心に東京セントラル証券がいかに食い込んでいくかも、半沢とロスジェネ世代(瀬名と森山)との関係という観点で興味深い。

 IT産業という、変化の激しい業界への池井戸潤の目配りや、それを活かしたドラマ作りにも注目しておきたい(ちなみに『ロスジェネの逆襲』の連載が始まった二〇一〇年というのは、iPadが世の中に初登場した年である)。

 電脳雑伎集団と東京スパイラル、そしてもう一社、重要な役割を担って登場するフォックス。これらはいずれも急成長を遂げたIT企業である点は共通しているが、成功要因も異なれば社長の年代も性格も異なる。銀行との関係も異なる。そうした個々の企業、あるいは社長の個性を池井戸潤はきっちりと描いたうえで、それぞれの特長を活かすかたちで銀行や半沢たち東京セントラル証券を巻き込む謀略を描き、さらに終盤で明らかになるある仕掛けを施した。この大がかりな設計図が、先に述べた企業買収劇という本書の太い幹となっており、そしてその高い完成度が、本書のストーリーの魅力となっている。

 登場人物の魅力に骨太なストーリーの魅力が一体となった『ロスジェネの逆襲』、そう、完全無欠のエンターテインメントなのである。

■銀翼

 池井戸潤は二〇一四年八月、《半沢直樹》シリーズ第四弾『銀翼のイカロス』を発表した。その作品で半沢直樹に与えられた使命は、親方日の丸の放漫経営の果てに破綻目前となった帝国航空の再建であった。ただでさえ難題なのに、政権交代に伴って新たに国土交通省の大臣となった白井亜希子(しらいあきこ)という芸能界出身の輩(やから)が、手柄ほしさに余計な口を挟んでくる。病んだ超巨大企業と私欲に捕らわれた国家権力。これらを相手にした半沢直樹の闘いを、『銀翼のイカロス』では愉しむことができる。

 痛快なドラマではあるが、銀行家としての生き方にも深くメスを入れた作品であり、その観点ではシリーズのなかで最も重厚な作品ともいえよう。今後の半沢直樹の生き方にも大きな影響を与えるであろうエピソードで、この作品は幕を閉じているのである。

 それ故に、今後の半沢直樹の活躍は、痛快であると同時に深みを帯びたものになると予想する。新作が待ち遠しくて仕方がない。

ロスジェネの逆襲
池井戸潤・著

定価:本体700円+税 発売日:2015年09月02日

詳しい内容はこちら

オレたち花のバブル組
池井戸潤・著

定価:本体660円+税 発売日:2010年12月03日

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オレたちバブル入行組
池井戸潤・著

定価:本体660円+税 発売日:2007年12月06日

詳しい内容はこちら


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