書評

〈特集〉浅田版「新選組」 芹沢鴨のこと

文: 菊地 明 (幕末維新史研究家)

『輪違屋糸里』 (浅田次郎 著)

「鴨」の由来

 では、なぜ「鴨」と称したかというと、玉造にある地名説話によったものと推測される。

 芹沢村で暮らしていたとき、玉造郷校へ通っていたものと思われる。その通学路の途中に梶無(かじなし)川という川が流れており、その昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が梶無川から陸に上がったさいに、飛び立った鴨を弓で射落としたため、その地が鴨野と名付けられたという。これが現在の加茂であり、ここには鴨の宮という神社もある。

 芹沢村の鴨にとって、「鴨」という名前はごく身近なものだったのだ。

 浪士組の一員として同志の新見錦・平山五郎・平間重助・野口健司と上京した鴨は、江戸に戻って攘夷の先兵になるという清河八郎の方針に反対し、近藤勇たちとともに京都に残留する。

 彼らは壬生(みぶ)の八木源之丞方を宿舎として、京都守護職をつとめていた会津藩の「預かり」という身分を得て結成したのが、新選組の前身となった壬生浪士組であり、鴨は近藤とともにその局長に就任した。文久三年三月のことである。

 京都での鴨については、彼らが離れ座敷を宿舎とした八木家の次男である為三郎が、風貌を「丈の高い、でっぷりとした人物、色は白く、目は小さい方でした」とし、尊王家らしく毎日、御所を拝していたことを語っているものの、それ以外は悪行ばかりが伝わっている。

 島原の角屋での宴席中、仲居が姿を見せないことに腹を立てて調理場にある瀬戸物を片っ端から打ち壊したうえ、七日間の営業停止を申し渡し、大坂新町の吉田屋に登楼したときには、思いのままにならない芸妓と、仲居の髷を切り落とし、それを肴に酒を飲んで溜飲を下げた。

 これらは鴨が酒乱だったためとされるが、四条堀川の菱屋で衣服をあつらえたさいには、度重なる代金の請求を無視し、菱屋の主人が少しでも当たりがいいようにと妾のお梅を差し向けると、彼女を強引に自分の妾にしてしまったという。

 これらの行状に加え、鴨は八月十二日の夜には三十人ほどの隊士を率いて生糸商の大和屋を襲い、翌日にかけて土蔵に収められた糸織物を焼き払うという暴挙に出た。大和屋が外国との交易で利益を上げていることに対する、攘夷論者としての怒りを爆発させたのだが、火を放つなどということは大罪であり、とうてい許されることではなかった。

 しかも、大和屋があったのは御所に程近い中立売通葭屋町であり、中立売通りを東に進めば、約八百メートルで御所の中立売門に行き当たる。「尊王」の言葉を忘れてしまったかのような蛮行であり、暴挙だった。

 短気というよりも、短慮である。朝廷は会津藩に意を伝え、会津藩は近藤以下を召し出すと、鴨の「処置」を命じた。処置とは殺害のことにほかならない。

 その直後、京都では公武合体派の薩摩藩と会津藩が提携し、王政復古派の長州藩を排斥するという「八月十八日の政変」が勃発する。このとき、壬生浪士組も会津藩の一員に加えられ、赤地に白く「誠」の文字を染め抜いた隊旗を押し立てて御所に出動した。鴨は近藤とともに小具足と烏帽子に身を包み、具足櫃に腰を下ろしている姿が目撃されている。これが鴨の、最後の晴れ姿となった。

 政変による混乱が落ち着いた九月十三日、まず鴨の腹心である新見錦が、祇園の「山緒」で殺害される。切腹と伝えられるが、近藤たちに追いつめられてのことであり、殺害と同じことである。

 そして十六日、新選組は角屋で総会を開き、やがて酒宴となった。鴨は同志の平山五郎・平間重助とともに途中で席を立って壬生に戻り、同行してきた土方歳三とともに八木家の本宅でふたたび酒を飲んだ。鴨には妾のお梅が待っており、平山と平間は馴染みの女を島原から連れてきていた。十分に酒がまわったところで、土方は彼らがそれぞれの女と寝入るのを確認し、八木家を出る。

 それから二十分ほどが過ぎ、土方は沖田総司・山南敬助・原田左之助とともに八木家に踏み込み、鴨と平山を襲撃するのである。鴨は初太刀を受けると、隣室に逃れようとしたが、入口の文机につまずいて倒れたところを斬り刻まれて絶命し、お梅と平山も彼らによって殺害された。平間は難を逃れ、明治七年八月二十二日に郷里の芹沢村で死亡する。

 鴨と平山は表向きは病死、隊内には長州の間者に殺害されたものとされた。そのため、丁重な葬儀を執り行い、壬生寺南門近くにある村の共同墓地に埋葬し、連名の墓碑を建立している。

 現在、鴨と平山の墓石は壬生寺の境内にあるが、これは共同墓地から移されたのち、風化したために再建されたものである。

 
 
輪違屋糸里 上浅田次郎

定価:本体630円+税発売日:2007年03月09日

輪違屋糸里 下浅田次郎

定価:本体650円+税発売日:2007年03月09日


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