インタビューほか

〈特集〉浅田版「新選組」 糸里が生きた「輪違屋」の魂

「本の話」編集部

高橋利樹(輪違屋十代目当主)×浅田次郎

〈特集〉浅田版「新選組」
・〈対談〉糸里が生きた「輪違屋」の魂 高橋利樹(輪違屋十代目当主)×浅田次郎
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芹沢鴨のこと 菊地明
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『輪違屋糸里 上』 (浅田次郎 著)

浅田 あれはもう六年前でしょうか? 輪違屋に初めておじゃましたのは。『壬生(みぶ)義士伝』を書くために京都に取材に来たときです。

高橋 そのとき、『鉄道員(ぽっぽや)』の本にサインをいただきました。

浅田 『輪違屋糸里(わちがいやいとさと)』の冒頭のシーンは、入口横にある台所からです。芸妓(げいこ)や太夫(たゆう)が生きていたという臨場感を出したかった。やっとこの目で見たときはとても感動しました。きっと読者の中でも同じ気持ちを抱く人もいるでしょう。玄関に立ったまま泣いたりして。

高橋 当家は元禄元年(一六八八)創業で、僕は十代目です。明治五年(一八七二)からお茶屋をしてます。それまでは置屋一本。

浅田 新選組が京都にいたのは、今から百四十年くらい前。輪違屋がお茶屋さんを始めた五年前の、慶応三年(一八六七)までしか京都にいなかったわけですから、彼らはここで遊んだことはないんですね。

高橋 それなのに、なぜ輪違屋に近藤勇の直筆の書が残っているかというと、うちの太夫が角屋さんに行って、近藤に書いてもろうて持ち帰ってきた。今の有名人のサインみたいなもんと違いますやろか? ようけあったけど、こんなんいらんって紙屑屋に出した言うてはった。で、一枚だけ残ったもんを屏風(びょうぶ)にしたんです。

浅田 もったいない。お探しになったらもっと貴重な史料が出てくるんじゃないですか。八木さんのお宅(八木邸)なんて、新選組が残した手紙をみんな襖の下張りに使ってしまったって言うんです。輪違屋さんも歴史を感じる建物ですね。

高橋 安政四年(一八五七)の再建です。その三年前に島原は丸焼け。その火事で角屋さんだけが残った。角屋さんの創業はうちより百年古いんです。

浅田 京都市の文化財の指定は?

高橋 はい。昭和五十九年(一九八四)に受けています。島原にはまだ二つ、角屋と大門という文化財があります。

浅田 じゃあ勝手に建物の形を変えることもできないんですね。大きく変えたのは一階だけですか?

高橋 今、バーになっているここは、もともとは庭。明治になって増築したんです。僕の小さいころは、下(しも)女中さんがいて、朝五時ごろから朝食を作り始める。それを上(かみ)女中さんに渡すんです。下の女中さんは座敷へは上がれませんから。めざしでも三枚におろして出てくるんですよ。

浅田 めざしを!?

高橋 喉に骨が刺さらんようにって。僕、ぼんぼんやし(笑)。

浅田 女中さんにも二階級あるというわけですな。

高橋 ええ。身の回りの世話は上女中、お座敷に来るお客さんの世話は仲居さん、下女中は買い物や料理、掃除をします。幼稚園への送り迎えは上女中さんの仕事。すごく近所なのに。長男だけ、初孫だけかわいがられるんです。

浅田 ははあ、京都もそうですか。東京でもそうでした。兄貴はすごくかわいがられて。

高橋 咳ひとつで大騒ぎ。学校にも行かしてくれない。だから小学校はほとんど休みがち(笑)。

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